開店30分前、店の入り口に洗面具や着替えを手に続々と人が集まり始める。那覇市樋川の開南本通り沿いにある銭湯「旭湯」の常連客だ。湯気が漂う風呂場へ向かう客に、優しい笑顔を送る店主の上原フミ子さん(82)。今年夏、同通りの道路拡張工事に伴う立ち退きを機に、創業約60年の店を閉じる道を選んだ。(守内梓)
「お客さんがね、病院に行くより、ここのお風呂に入る方が体にいいって言うのよ」
うれしそうに話す上原さん。周辺地域の牧志や与儀のほか、遠く糸満から訪れる客との談話を楽しむ。
痛めた腰に温かい湯が効くという上地ツルさん(92)は、乳母車を押しながら壺屋から週に2、3回歩いて通っている。「(閉店は)さみしさよりも困るよ。やっぱりお風呂は残ってほしい」と慣れ親しんだ店内を見渡した。
「家に水道もシャワーもなかった時代は、たくさんの人でにぎわった」と上原さん。進む近代化で、自宅のシャワーで風呂を済ます人が増えると客足は減る一途。ここ2、3年は不況のあおりで、夏場の客入りがめっきり減った。それでも銭湯に足を運ぶ客たちを心の支えに、ずっと番台に座り続けてきた。
「店を閉めるのはさみしいが、経営も厳しいし、もう年だから。でもお客さんのことは気がかり」
旭湯が閉店となると、県内に残る銭湯は日の出湯(那覇市泉崎)と中乃湯(なかのゆ)(沖縄市安慶田)の2軒のみになるという。
「いい湯だったよ」―。そう言って風呂場を後にする客の背中を、上原さんは少しさみしげな表情で見送った。