ビキニ死の灰 沖縄に 嘉手納で本土の2倍

54年水爆実験後 米が観測

2011年3月1日 09時51分

 米国が1954年3月~5月、中部太平洋・マーシャル諸島ビキニ環礁で水爆実験「キャッスル作戦」を行ってから1日で57年。一連の水爆実験で放射性降下物「死の灰」が太平洋を越えて広がり、沖縄では日本本土の観測ポイントの倍近い数値が測定されていたことが2月28日までに、市民団体が入手した米公文書で明らかになった。資料の分析に当たった沢田昭二名古屋大学名誉教授(素粒子物理学)は「環境や人体の影響への正確な評価、分析を今後、丁寧に進めていきたい」と語った。(知念清張)

 米国はソビエト連邦(当時)による水爆実験が行われた翌年の54年3月、ビキニ環礁などで5月までに6回爆発させた。

 米国は一連の実験後、世界122カ所で降灰量を数値で記録。1平方フィート(約0・09平方メートル)の粘着フィルム上で、1分間に崩壊する原子の数d/m/ft2で表し、各観測所の降灰量に応じて分布図を作成。同年7月1日時点での各観測ポイントの被爆総量は、日本本土では平均して6000~7000d/m/ft2程度だったのに対し、嘉手納では1万2833d/m/ft2と倍近い数値が測定された。

 米公文書は、米気象局が中心に55年5月にまとめた報告書。84年に機密解除された時は、降灰地図や米国への降灰記録などが欠落していたという。

 昨年3月、同報告書の全文を高知県太平洋核実験被災支援センターが、米エネルギー省のホームページで発見した。

 沖縄での調査経験もある同センターの山下正寿事務局長は、「沖縄では放射能雨検知は米軍の調査班に一任され、天水を容器に入れる簡単な調査で『有害な放射能はない、絶対安全だ』と発表し、報道された。当時、沖縄は住民の8割が天水を利用していた」と本土と比べて危険性が高かったことを説明。

 「米軍施政権下にあった沖縄では十分な調査が行われていない」と指摘し、日米両政府に真相の解明を求めている。

[ことば]

 ビキニ水爆実験 米国が1954年3月1日からマーシャル諸島ビキニ環礁で行った。3月1日に爆発させた「ブラボー」は広島型原爆の1千倍の威力があり、近海で操業中だった第五福竜丸の乗務員23人が被ばく。半年後に無線長の久保山愛吉さんが死亡した。6回の実験の際に操業していた延べ約1000隻の日本の船が、放射線に被ばくしたマグロを投棄するなどした。船舶乗組員や現地住人、米兵などが後遺症に苦しんでいるという。

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