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薩摩侵攻を手引きしたスパイか、純然たる僧か。エイサーや京太郎(チョンダラー)の祖となる念仏踊りを琉球に伝えたとされる袋中上人(たいちゅうしょうにん)は謎を秘めた日本人僧だ
▼琉球史を彩った高僧袋中にスポットをあてた展示会が、那覇市おもろまちの県立博物館・美術館で開かれている。戦国時代末期の16世紀、現在の福島県に生まれた袋中は、浄土宗を沖縄に初めて伝えた
▼「人生50年」と謡われた時代。50歳過ぎて中国へ渡ろうとするがかなわず、1603年、琉球に寄る。歴代の王が禅宗の臨済宗を厚遇する中、第二尚氏7代目の王・尚寧が帰依。布教への力を得る
▼滞在したのは3年ほど。那覇に桂林寺を建て、信徒を育てた。信徒には、イモの栽培やサトウキビの製糖法を奨励する儀間真常もいた。儀間は地元・垣花や小禄で布教に大きな影響を発揮したとされる
▼袋中が去った3年後の1609年、薩摩が侵攻。捕らわれた王は袋中の60歳を祝い、賛を記した「袋中上人像」を描き贈った。現存する最古の琉球絵画は、この王自筆の作品で、目玉展示の一つだ
▼「琉球神道記」の筆者で王の信頼も厚かった袋中だが、薩摩を経て琉球に入国したとの考察から、薩摩のスパイ説がまことしやかに語られてきた。今回、400年前の宝物と接すれば、新たな見方が生まれるかもしれない。(福島輝一)