朝日新聞大阪本社(大阪市)の倉庫で大量に発見された1935年の沖縄を取材した写真には、地域の人々の素朴な表情や暮らしぶりが写し出されていた。撮影場所となった糸満市や那覇市、沖縄市古謝の関係者は、沖縄戦や戦後復興、復帰後の開発で失われてしまった82年前の景色に「見覚えがある風景だ」「これまで確認されたことがない貴重な写真」と喜びと驚きの声を上げた。(「1935沖縄」取材班・比嘉太一)

朝日新聞大阪本社で見つかった1935年に藤本護カメラマンが沖縄で撮影した当時のメモと沖縄と書かれた箱

1935年に「海洋ニッポン」の沖縄取材で藤本護カメラマンが撮影したネガフィルムの一部

朝日新聞大阪本社で見つかった1935年に藤本護カメラマンが沖縄で撮影した当時のメモと沖縄と書かれた箱 1935年に「海洋ニッポン」の沖縄取材で藤本護カメラマンが撮影したネガフィルムの一部

 糸満市長の上原昭さん(67)は、糸満市内の主な撮影場所となった市糸満(旧糸満町)生まれ。

 撮影された浜辺や海、母校・糸満南小の通学路沿いにあった建物などを見て「戦後も見覚えがある風景がいくつか写っている。沖縄戦で歴史的資料が焼失し、浜辺の埋め立てが進んだ今、郷里の面影をしのべる戦前の写真がまとまって見つかることはうれしい」と語る。

 「ヤサヤサ。懐かしいねー」

 那覇ウフマチ(大市)と呼ばれた市場があった那覇市東町の初代自治会長で、琉球古典音楽歌三線・人間国宝の照喜名朝一さん(85)は市場の様子を写した写真に目を細めた。

 出身地の南城市知念から軽便鉄道に乗り、ウフマチの市場に遊びに来たことを今でも覚えている。写真を前に「当時の雰囲気そのままだ。にぎやかな戦前の市場の記憶がよみがえる」と感慨深げ。

 東町は戦後米軍に接収されたため、現在の同地区の住民は戦後に引っ越してきた人々が多いという。

 「昔、東町に住んでいた方なら、もっと強い思いがあると思う。時代の移り変わりを知ることができる」と写真に見入った。

 沖縄市古謝の知念信恒自治会長(64)は「先人の暮らしぶりがここまで鮮明に写っている写真は字誌編集作業中も見たことがない」と驚きの表情を見せた。

 「古謝は県内随一のサトウキビ産業の模範部落だったと聞いていたがそれを証明する貴重な写真だ」と評価した。