2017年(平成29年) 9月23日

1935沖縄 よみがえる古里

【ワタクサー(夫婦別財産)】漁師の妻、糸満女性の生きる知恵 家父長制の本土で驚き

 大阪で見つかった1935年の写真群には、沖縄戦前の人々のくらしが写し出されていた。1枚1枚をひもとき失われた「古里の面影」を探る。

漁から戻った船から、魚を取る女性たち。もとの写真説明には「魚を買い取っていく」とあるが、海では現金のやりとりをしていなかったという証言がある。現在の糸満市糸満、前端区辺りと見られる

1935年撮影時の説明に「糸満で、漁から帰る夫を待つ1枚」とある1枚。中央右隣りの若い女性について、上原啓子さん(84)ら複数の人が「ミスー(ミチュー)バーチー」と通称を覚えている。バーチーは「おばさん」ほどの意味。取材では本名は判明していない。現在の糸満市糸満、前端区辺りと見られる。띱 西島本和江さん(81)は戦後、20代半ばのころ、この人が「姓は上原だったと思うが、50代くらいで、もっとふっくらしていた時」に雑貨や果物を売っていた前端区の店を訪れた。「店は娘が継いだが道路拡幅のため今から7、8年前に立ち退いた」と語る

漁から戻った船から、魚を取る女性たち。もとの写真説明には「魚を買い取っていく」とあるが、海では現金のやりとりをしていなかったという証言がある。現在の糸満市糸満、前端区辺りと見られる 1935年撮影時の説明に「糸満で、漁から帰る夫を待つ1枚」とある1枚。中央右隣りの若い女性について、上原啓子さん(84)ら複数の人が「ミスー(ミチュー)バーチー」と通称を覚えている。バーチーは「おばさん」ほどの意味。取材では本名は判明していない。現在の糸満市糸満、前端区辺りと見られる。띱 西島本和江さん(81)は戦後、20代半ばのころ、この人が「姓は上原だったと思うが、50代くらいで、もっとふっくらしていた時」に雑貨や果物を売っていた前端区の店を訪れた。「店は娘が継いだが道路拡幅のため今から7、8年前に立ち退いた」と語る

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 豊かな漁村・旧糸満町(現在の糸満市糸満)では、男は魚を捕り、女は売る役割を担った。女性は夫や父親らとは別に、もうけを個人的にためる「ワタクサー」をするのが一般的だった。他の地方では「へそくり」の意味だが、糸満では異なる。漁師が、いつ危険な目に遭うか分からないことから、女性にとっては「一種の保険」(同市史村落資料旧糸満町編)とされた。未婚の女性にとっては、結婚準備金としてためた金額が勤勉さの目安にもなった。

 市史編集担当の市生涯学習課長の加島由美子さん(56)はワタクサーを「糸満が全国的な脚光を浴びるきっかけになった」と話す。11年に沖縄を訪れた経済学者・河上肇が夫婦別財産を論文「琉球糸満の個人主義的家族」で紹介し、「家父長制が一般的な本土側が驚いたのだろう」と見る。

 35年の大阪朝日新聞の連載「海洋ニッポン」は「女権の町・糸満の珍景」の回でワタクサーを取り上げた。糸満市糸満の西島本和枝さん(81)は3、4歳から行商の母を手伝った。漁船が戻ると「卸売りをする漁師の妻と帳簿係が立ち会い、1斤(600グラム)2斤と、帳簿に付けていた」様子を覚えている。

 代金は、行商を終えた夜に支払った。小売りと卸の差額が女性たちのワタクサーになった。(「1935沖縄」取材班・堀川幸太郎)

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