【ハワイ5日=溝井洋輔】沖縄戦で米軍の捕虜となり、ハワイの収容所で1年半過ごした渡口彦信さん(90)と古堅実吉さん(87)が5日(日本時間6日)、72年ぶりにホノウリウリ収容所跡地を訪れた。元捕虜が現地を訪問するのは初めて。「裸船」と呼ばれた過酷な移送船でハワイ到着後にトラックで運ばれ、最初の1カ月ほど収容された場所。2人はここで初めて捕虜としての尋問を受けた。むき出しの赤土に囲まれた現地を、仲間内で「アカンチャー」と呼び合ったこと、絶望を感じていたことなど、当時の状況を証言した。

ホノウリウリ収容所跡地を訪れ、写真を見ながら当時の出来事を語る古堅実吉さん(中央)と渡口彦信さん(右)ら=ハワイ州オアフ島

 収容所は第2次世界大戦中、米政府が敵とみなした日系人を強制隔離・抑留した負の歴史がある。2015年2月、当時のオバマ米大統領は二度と過ちを繰り返さないようにと国定史跡に指定。現在は国が管理し、ハワイ日本文化センター(JCCH)が歴史継承の教育を担っている。

 JCCHボランティアガイドのレス・ゴトウさんは「日系人の強制収容者の証言やデータはたくさんあるが、捕虜のデータはほとんどない。元捕虜が訪れたことは初めてで、今回の証言から多くのことを学んだ」と話した。

 この日、渡口さんと古堅さんらはJCCHのガイドと跡地を回った。当時の地図をもとに、建物の位置などの説明を受けた。敷地内に足を踏み入れた渡口さんは「身も心も衰弱し隣の人と話すらできなかった。トラックから外を見る余裕はなかったが、サボテンやサトウキビ畑があった記憶は残っている」と振り返った。

 小川の近くに立つと、最初に尋問された記憶がよみがえった。「出生地や両親の名前、そして兵種を聞かれた。尋問したのは沖縄出身の軍曹だったと思う」。18歳の若さで希望が描けなかったことや、米軍の大将がトイレなど捕虜の収容環境を直々に視察する姿を見て、日米の違いに驚いたことなどを次々と口にした。

 古堅さんは、高い尾根と赤い土に囲まれた谷底に収容され、絶望を味わった当時の心境を語った。また、テント内には野戦用の寝台が6台ずつ2列に並び、そこで計12人が生活していたことも証言した。