苛烈を極めた沖縄戦をくぐり抜け、研究者から知事、参院議員へと政界に身を投じた大田昌秀氏。1995年の代理署名拒否や米兵による暴行事件後の対応、普天間飛行場返還合意など、激動の時代を駆け抜けた。死去の知らせに、県内外の関係者らは政治的な立場を超え、功績をたたえるとともに、哀悼の意を表した。