2017年(平成29年) 11月20日

沖縄タイムス+プラス ニュース

虎と竜のジャケットが物語る「OKINAWA愛」と後悔 元米兵の形見、56年ぶり“帰郷”

 【ジョン・ミッチェル特約通信員】元米海兵隊員の故ジェリー・モーラーさん(享年73)がコザ市(現沖縄市)で買って愛用していたジャケットが、56年ぶりに帰郷した。モーラーさんは沖縄駐留時に枯れ葉剤に接触したとし、その後体調不良に悩まされ、2013年に死去。亡くなる直前まで沖縄を気に掛けていたといい、友人は「彼もとても喜んでいると思う」と語った。

沖縄市に戻ったモーラーさんのジャケットを手に取る市史編集担当の松川さん=沖縄市役所

晩年のモーラーさん。体調が悪く、枯れ葉剤の影響だと考えていた=2012年、米オレゴン州(提供)

沖縄駐留時代のジェリー・モーラーさん。キャンプ・コートニーの兵舎前とみられる(提供)

沖縄市に戻ったモーラーさんのジャケットを手に取る市史編集担当の松川さん=沖縄市役所 晩年のモーラーさん。体調が悪く、枯れ葉剤の影響だと考えていた=2012年、米オレゴン州(提供)
沖縄駐留時代のジェリー・モーラーさん。キャンプ・コートニーの兵舎前とみられる(提供)

 遺族らが本紙を通じて沖縄市戦後文化資料展示室「ヒストリート」に寄贈した。

 米オレゴン州出身のモーラーさんは復帰前の1960年から61年にかけて沖縄に駐留。帰国後も、沖縄への愛着と敬意を周囲に語っていた。

 思い出の品だったジャケットは黒と白のリバーシブル。竜と虎、「Okinawa」の文字が刺しゅうされている。

 友人のキャロル・キングさんは「彼が2003年にジャケットを羽織ってみせたことがあった。長い年月がたっているのに、ぴったりだった」と振り返る。

 キングさんもモーラーさんも、13年に沖縄市のサッカー場で猛毒のダイオキシン汚染が発覚したニュースに関心を寄せていた。「ジャケットが帰郷し、汚染現場の近くで展示されることは意義深い」と語った。

 ジャケットやモーラーさんの写真を受け取った沖縄市総務課市史編集担当の松川聖子さん(35)は「沖縄で過ごした思い出の品をずっと持ち続けていたことがすごくうれしい」と寄贈に感謝する。

 1960年代は刺しゅう業界の最盛期だったといい、ジャケットは「当時を語る貴重な資料」と指摘。ジャケットには「お帰りなさいと言いたい。歴史の証言の一つでもあり、モーラーさんの遺志を大切に保管していく」と話す。

 ジャケットは、6月10日から「ヒストリート」で開催している企画展「基地のある街-コザと刺繍(ししゅう)店」でモーラーさんの手紙の一部とともに展示されている。

 モーラーさんは沖縄滞在中に米軍キャンプ・コートニー(うるま市)近くで枯れ葉剤に接触。2013年に死去する直前まで、沖縄での枯れ葉剤貯蔵と使用を認めるよう米政府に求め続けた。退役軍人省は、モーラーさんの体調不調は枯れ葉剤が原因だとは認めなかった。

 モーラーさんからの「手紙」

 ジェリー・モーラーさんは生前、「沖縄の皆さん」と題した手紙をフェイスブックに投稿していた。概要は次の通り。

 □    □

 沖縄が好きなのは、今に始まったことではありません。1961年に島を離れてからずっとこの気持ちを持ち続けてきました。

 皆さんの島に行き、1年かそこらを過ごし、迷惑を掛けたことなど考えもせず故郷に帰還する、私もそのような数多くの一人であったことを、おわびします。

 私は今、エージェント・オレンジ(枯れ葉剤)被ばくによる病に侵されています。私は、私の政府が持ち込んだ物質によって沖縄で被ばくしたのです。

 現在、沖縄が私と同じように、この過ちの代償を背負わされていると分かりました。私の政府が行ったことに、私も加担したのだと思います。

 だから、正しいと思うことを皆さんに対して行うのに、これほど長い時間がかかってしまったことをおわびします。私は今、私たちが行った過ちの全てを正すよう、私の政府に促す

ことに努めています。

 2012年4月22日 ジェリー・モーラー

これってホント!? 誤解だらけの沖縄基地
沖縄タイムス社編集局編
高文研
売り上げランキング: 24,236

あわせて読みたい

関連リンク

沖縄タイムス+プラス ニュースのバックナンバー

アクセスランキング

ニュース 解説・コラム
24時間 1週間
24時間 1週間

注目トピックス