現在、沖縄最大の政治問題は、辺野古新基地建設問題であろう。一連の経過を見ていて、気になったのは、「なぜ、住民投票もなしに、新基地建設が進むのか?」ということである。

 きむら・そうた 憲法学者。1980年横浜市生まれ。東京大学法学部卒業、同大助手を経て2006年から首都大学東京准教授。研究テーマは思想・良心の自由、平等原則。主な著書に「憲法の創造力」、奥平康弘氏との共著「未完の憲法」。新刊は共著「憲法の条件-戦後70年から考える」。テレビ、ラジオへの出演多数。趣味は将棋。ブログは「木村草太の力戦憲法」。ツイッターは@SotaKimura

 ヘリポート新設に関しては、1997年12月に名護市の住民投票が行われている。しかし、これは「参考意見」としての住民投票にすぎず、国はもちろん、名護市に対しても法的拘束力はない。私が言っている住民投票とは、「そこで同意が得られない限り基地は新設できない」という、法的拘束力を伴う住民投票である。

 米軍基地新設には、公共投資や雇用創出などプラス面もあるが、航空機墜落の危険、騒音、環境・景観破壊など、大きな負担を伴う。基地新設の条件を明示し、十分な議論を経た上で、住民投票により民意を問う。それが、当然のスジだろう。

 しかし、政府も国会議員も、住民投票が必要だとは微塵(みじん)も考えていない。民意を確認せず、もっと言えば、知事選等で間接的に示された民意をあえて無視して、計画は進められ、既成事実が積み重ねられる。

 日本国憲法は、これを容認しているのだろうか。もしそうなら現在の憲法は、住民の意思をないがしろにする悪法である。沖縄県民は一丸となって、住民投票の義務化を求める改憲運動をすべきだろう。

 しかし、私は、現在の憲法はスジの通った憲法であり、住民投票を要求していると考えている。いささか技術的な話になるが、しばしお付き合い願いたい。

 民主主義の下では、全国民の代表である国会が法律を定める権限(立法権)を持ち、政府・行政機関は、法律に基づいて行動せねばならない。では、「辺野古に基地を新設する」と決めた法律はあるのかといえば、もちろんない。

 では、なぜ政府は、基地建設を進めているのか。「米軍基地をどこに設置するかは、法律で決めるべき事柄(法律事項)ではない」と考えているからである。基地の立地選択は、政府の裁量に委ねられており、政府は自由に計画を進めることができる、と考えているのである。

 しかし、この前提は疑わしい。法律事項の範囲は、日本国憲法に詳しく定められてはいないから、憲法の解釈が判断の決め手となる。検討してみよう。

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 選挙で示された「ノー」の民意を無視して、安倍政権は名護市辺野古への新基地建設を進める。日本全体を見渡しても、集団的自衛権の行使容認に、「1票の格差問題」など問題が山積する。このような状況は、国の最高法規である日本国憲法に照らして果たして正義なのか。「憲法の新手」では、気鋭の憲法学者、木村草太さん(首都大学東京准教授)と、沖縄が進むべき道、国がなすべき最善の手を追求したい。

※「木村草太の憲法の新手(しんて)」は、本紙第1・3日曜日に掲載。

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