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(左上から時計回りで)演説する安倍晋三首相、国会議事堂、日本国憲法、工事の進む辺野古海上で、カヌーに乗り抗議をする市民や取り締まる海上保安官らのコラージュ

県知事選で当確が決まり万歳三唱する翁長雄志氏(中央)。新基地建設反対を訴えた翁長氏の圧勝にもかかわらず、安倍政権は新基地建設を強行する=2014年11月16日

(左上から時計回りで)演説する安倍晋三首相、国会議事堂、日本国憲法、工事の進む辺野古海上で、カヌーに乗り抗議をする市民や取り締まる海上保安官らのコラージュ 県知事選で当確が決まり万歳三唱する翁長雄志氏(中央)。新基地建設反対を訴えた翁長氏の圧勝にもかかわらず、安倍政権は新基地建設を強行する=2014年11月16日

 君主権が強く、議会の力が不十分であった時代に、「せめて国民の自由と権利だけは議会を通じて守ろう」という主張がなされた。そこで、国民の権利を制限するもの、すなわち課税、刑罰、命令の条件などを法律事項とすることに成功した。

 しかし、民主主義の確立した現在では、国民の権利を制限する場合だけに法律事項を限定するのは、あまりにも狭すぎる。例えば、「国土交通省や財務省などの省庁の役割分担や、自衛隊の海外派遣は、国民の権利に直接かかわらないから、内閣の一存で決めてよい」と言われても、まったく説得力がないだろう。

 民主主義の下では、国の大切なことは、全国民の代表である国会が決めるべきだろう。現在では、「国政の重要事項」は法律で決めなくてはならない、と解釈されている。実際、中央省庁の役割分担は、○○省設置法という「設置法」で決められるし、自衛隊の海外派遣には、「イラク特措法」などの派遣条件を定める特別の法律が作られている。

 ところで、安全保障の要である米軍基地の設置は、中央省庁の役割分担や、自衛隊の海外派遣条件に匹敵するほどに、重要な事柄であろう。ならば、それは、全国民の代表である国会が法律で決めるべき事柄のはずである。

 以上の話を、専門用語を使って表現すると、「米軍基地の立地は法律事項であり、立地の決定は実質的意味の立法であるから、行政機関たる内閣や首相が法律の根拠なしにそれを決定することはできない」となる。

 こうした専門用語の羅列は、多くの人にとっては無意味に思えるだろう。しかし、法律家や役人など、一部の人は、こうした呪文を使わないと話を聞いてくれないので、ここに書きとどめておくことにした。

■白紙委任できない

 では、国会は、どのような法律を作るべきだろうか。例えば、「防衛大臣が必要と認めたところに、米軍基地を造ってよい」とか、「この環境基準と建築基準の範囲なら、どこに作ってもいい」という程度の規定でよいのだろうか。

 もし、そうなら、各省庁設置法やイラク特措法は、「内閣が必要と認めた役所をつくってよい」とか、「この基準の範囲なら、自衛隊をどこに派遣してもよい」という内容でもよかったということになる。

 しかし、これでは、重要事項を民主的にコントロールしようとした意味がなくなってしまう。専門用語で言うと、「白紙委任立法は禁止されている」のである。

 ちなみに、現行の駐留軍用地特別措置法の条文を読むと、白紙委任であって、基地新設の根拠として不十分ではないか、との疑念がある。本来であれば、「沖縄県名護市辺野古に、このような条件の下で、米軍基地を新設する」と、場所と設置条件を示した条文が必要なはずだ。そうなると、法律を作るところからやり直さなくてはならない。

 ここで、住民投票の話に戻ろう。憲法95条は、特定の地方公共団体にのみ適用される法律は、「その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ」制定できないと定めている。

 この条文については、地方公共団体の組織や事務に介入する法律に適用されるもので、特定地域を対象とする国の事務には適用されないとの見解もある。しかし、国会が、特定の地域に不公平な負担を押し付けることを防止するための規定との理解が、過去の住民投票の例からして妥当だろう。

 もし、辺野古基地設置法を作るなら、憲法95条に基づき、名護市の住民投票による同意が必要である。同意がない限り、法律は作れないから、基地も造れない。憲法をベースに、理屈を積み重ねていくと、そういう結論になるはずである。

 話をまとめよう。米軍基地の場所は重要な事柄なので、法律で決めなくてはならない。辺野古基地設置法は、名護市の住民投票による承認がない限り成立しない。政府が、辺野古基地新設を進めたいのであれば、早急に法案をまとめ、国会の議決をとり、住民投票を行うしかない。憲法に従うなら、「名護市住民投票!この道しかない!」のである。

■基地=違憲でない

 このような主張には、二つの反応が予想される。まずは、「お前は、日本の安全保障がどうなってもよいのか」といった類いの反応である。しかし、私は、米軍基地建設そのものが違憲だ、と言っているわけではない。単に、憲法の定める手続きを踏むべきだと言っているだけである。辺野古への基地新設が日本の安全保障に死活的に重要であるなら、むしろ、地元の納得を得て、米軍の方々に気持ちよく駐留してもらうべきだろう。

 第二は、「そんな話は聞いたことがない。お前の憲法解釈は、誤っているのではないか」という反応である。もちろん、私の解釈は唯一絶対のものではない。しかし、理論的には、十分に成り立つはずである。私の解釈を否定するのなら、「辺野古新基地設置法や住民投票なしに、名護市に負担を押し付けて良い」とする理由をきちんと説明してほしい。

 米軍基地は沖縄に集中している。具体的な法律の根拠もなしに、米軍基地の場所を決めてきたこれまでの対応は、本当に正義にかなったものだったのだろうか。沖縄への、不公平な負担の押し付けではなかったか。

 憲法95条が何のための条文かを、もう一度見直すべきだろう。

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