1995年の米国映画「デッドマン・ウォーキング」(ティム・ロビンス監督)は、凶悪犯の死刑囚の男と、その心を救済しようと葛藤する修道女の姿を描く。犯人がどれだけ最低な人間でも死刑に反対できるのか-。そんな重くて深い問いを突き付けてくる

▼死刑制度反対のメッセージを声高に主張するのではなく、被害者遺族の苦しみ、憎しみも丁寧に描かれる。いずれの立場にも肩入れしない視点が物語に厚みをもたらしている

▼犯行は身勝手で残虐、裁判でも反省の色はなく、被害者遺族や修道女を口汚くののしる。冤罪(えんざい)でもない。情状酌量の余地も更生の可能性もない。極刑もやむをえないと思える。だがそれでも、いざ死刑執行の場面に接すると、心が揺れ動く

▼後味は苦い。これでよかったのか、何かが解決したのか、被害者は救われるのか…。終わりのない問いが頭の中を回り続ける

▼今月、秋葉原無差別殺傷事件の被告の死刑が確定した。1月に発表された内閣府の世論調査では国民の80%が死刑を容認している。一方で「終身刑導入なら廃止」が37%に上った

▼犯罪によって奪われた二度と戻らない命。そのかけがえのなさを加害者に理解させるのが償いの第一歩だとしたら、死刑は可能性をゼロにしてしまう。今すぐ答えは出ないが、考え続けていきたい。(田嶋正雄)