沖縄防衛局、海上保安庁、沖縄総合事務局北部国道事務所が、公権力を行使して抗議行動の封じ込めに躍起になっている。

 官邸の意を受けた関係機関の、あの手この手の対応から浮かび上がってくるのは、政権の「おごり」と「あせり」である。

 名護市辺野古への新基地建設に反対する翁長雄志知事とは会おうとせず、工事中断の申し入れも無視し、仲井真弘多前知事の埋め立て承認を唯一の根拠として、しゃにむに工事を進める。一国の政府とは思えないような感情的な対応は「おごり」と「あせり」の表れ、というほかない。

 危険なのは、政府が公権力を抑制的に行使するのではなく、「おごり」と「あせり」から問答無用の姿勢で行使する時である。安倍政権にはその兆候が表れ始めている。

 あらためてこれまでの経過を振り返ってみたい。これまでの経過を丁寧に検証すれば、最初からボタンの掛け違いがあったこと、沖縄県の意見が十分に吸い上げられてこなかったことが明らかになるはずだ。

 日米両政府は1996年、米軍普天間飛行場の返還に合意したことを発表した。しかし、それは大田昌秀知事と事前に調整し、受け入れの返事を得た上で発表したものではなかった。大田知事は「できることと、できないことがある」と答えている。

 稲嶺恵一知事は「軍民共用」「15年使用期限」をつけて受け入れを正式表明し、移設先についても県の考えを示したが、この計画は頓挫した。

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 紆余(うよ)曲折を経て日米両政府はV字案(現行案)をまとめたが、稲嶺県政との事前の調整もなく、一方的にまとめたものだった。稲嶺知事はこの案に反対している。

 2006年の1期目の知事選でこの問題の争点化を避けた仲井真知事も、V字案の受け入れには賛成していない。10年の2期目の選挙では、明確に「県外移設」を公約に掲げた。

 これが一連のことの成り行きだ。

 仲井真知事は11年の雑誌インタビューで「辺野古移設に固執するのではなく、もっと早く現実的に移設できる県外の場所を探すべきだ」と主張。県軍用地転用促進・基地問題協議会の会長として県外移設の要請を政府に行ったのも仲井真知事である。

 その知事が、環境保全上、重大な疑義の残る埋め立てを、事前に庁議にもかけず、県議会にも軍転協にも事前説明をせず、菅義偉官房長官らとの東京での密談の直後に、県民を欺くように突然承認してしまったのである。

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 辺野古問題がもつれにもつれてしまったのは、このような経過をたどりながら、国が強引に事を進めたからだ。選挙で示された民意を無視して工事を強行する状況ではないのである。

 選挙結果を顧みず、強権を発動して工事を強行するようであれば、県の検証作業に基づく「取り消し」「撤回」の処分だけでなく、県民投票も選択肢の一つとして検討すべきだろう。