「わたしらは侮辱の中に生きています」。1928年、治安維持法違反で検挙された男性とその妻、幼い子どもが受けた理不尽な仕打ちを描いた故中野重治の小説「春さきの風」にそんな一節がある

▼5年前、反原発の大規模な集会の中で、大江健三郎氏が冒頭の一文を引用して、絶対的な権力が人々の声や思いを受け止めず、暴力的に振る舞うことを鋭く告発した

▼72年前の7月16日は、米国がニューメキシコ州の砂漠地帯で、世界初の原子爆弾の爆発実験を成功させた日。圧倒的破壊力で無差別に人を殺戮(さつりく)する核兵器の時代の幕開けとなる不名誉な“記念日”だ。米国は3週間後広島に、次いで長崎に原爆を投下した

▼被爆者たちの悲願でもあった核兵器禁止条約が7日、国連で採択された。だが唯一の戦争被爆国である日本は参加しなかった。広島選出の衆院議員でもある岸田文雄外相は条約交渉が進む中、「現実を動かすものにならない」と背を向けた

▼米ロなど核保有国も交渉に参加せず、米国は「現実的になるべきだ」(ヘイリー国連大使)と批判した

▼原爆で数十万人の人々が命を奪われ、その後も放射線による健康被害で多くの人が亡くなった。そして今も苦しみ続ける被爆者の存在こそが現実だ。日本政府が被爆者をこれ以上「侮辱の中」に放置し続けることは許されない。(玉城淳)