米軍絡みの事案に適用される刑事特別法(刑特法)が、米軍自身によって、これほどあからさまに乱用されたことはない。法律のこのような運用が許されるのであれば、憲法で保障された市民の基本的人権は、絵に描いたモチである。

 名護市辺野古への新基地建設に反対しキャンプ・シュワブゲート前で抗議行動を展開していた沖縄平和運動センター議長の山城博治さんともう1人の男性が22日朝、米軍の日本人警備員に拘束され、米兵によって後ろ手に手錠をかけられ施設内に連行された。

 米軍から身柄の引き渡しを受けた名護署は刑特法違反の疑いで2人を逮捕した。

 2人は23日夜に釈放されたが、それで問題が片付いたわけではない。なぜこのような信じ難い行き過ぎた拘束劇が起きたのか、事態の検証が必要だ。

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 刑特法は第2条で、正当な理由がないのに施設区域(米軍基地)に入ることを禁じている。2人の逮捕は、基地内に無断で侵入したことが理由になっているのだ。だが、これは刑特法の不当な適用というしかない。

 22日は午前7時半ごろから抗議行動が始まった。午前9時ごろ、普段は顔を見せない米軍の警備員がサングラス姿で現れ、いつもとは異なる物々しい雰囲気となった。

 市民との間でにらみ合いが続き、状況が過熱してきたことから山城さんは、不測の事態を避ける意味で、提供施設の区域境界を示すラインから下がるよう、抗議団に呼び掛けた。

 米軍警備員が山城さんを拘束したのはその直後のことだ。目撃者によると、山城さんがラインの内側、つまり基地内に入っていたのは、距離にしてせいぜい「1メートル弱ぐらい」である。にもかかわらず米軍警備員は突然、山城さんに襲い掛かり、倒れた山城さんの両足をつかんで無理矢理、基地内に引きずり込んだ。あきらかな狙い撃ちである。

 刑特法でいう「基地内侵入」とは何か。処罰の対象となる「基地内侵入」とは具体的にどのような行為を指すのか。山城さんは、ゲートの警備を突破して無断で基地内に入ろうとしたのではない。

 そうではなく、混乱が拡大しないよう、現場指揮者として「下がるように」と呼び掛けたのだ。それを無理矢理、基地内に引っ張り込んだのは米軍側である。

 刑特法を拡大解釈し、このような行為も罪に問えるということになれば、表現の自由、集会の自由、集団行動の自由などの基本的人権を保障した日本国憲法は刑特法によって押しつぶされ、無力化されることになる。

 警備員が独自の判断で拘束したとは思えない。あらかじめ軍上層部から何らかの指示があり、それに基づいて行動したのではないか。実際、米軍は普段から、現地での抗議行動に苦々しい思いを抱き、日本政府に厳しい対応を求めていた。

 今回の拘束がどのような経緯で行われたのか、米軍は警備員にどのような指示を出していたのか。翁長雄志知事は、在沖米4軍調整官に対し、事実関係の調査と県への報告を求めるべきである。

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 名護市辺野古への新基地建設をめぐって、沖縄は急速に「50年代化」しつつある。

 1950年代、沖縄では基地建設のため強制的な土地接収が相次いだ。武力で農地を奪われた農民は県内各地を「乞食行脚」し(伊江島)、南米に移民したりした(伊佐浜)。沖縄人民党の幹部は、CIC(米軍民間情報部隊)によって拉致され、CIC本部で裸にされ、騒音と光線の拷問を受けた。

 「50年代化」とは、辺野古への新基地建設をめぐる最近の動きが、50年代当時の政治状況と似てきた、という意味である。

 新基地建設のため政府は、県との話し合いを拒否し、関係機関を総動員してしゃにむに工事を進めている。政府の問答無用の姿勢が県民の激しい反発を呼び、抗議行動の高まりが米軍の行き過ぎた対応を招いているのである。

 これ以上、混乱を深めてはならない。工事を中止することが先決だ。