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  • 米国務省ホワイト元部長が2005年のインタビューで証言
  • 日本政府は沖縄の真の経済成長につながる改善をしなかった
  • 普天間飛行場の危険性については問題意識を共有していた

 【平安名純代・米国特約記者】2000年7月に名護市で開かれた第26回主要国首脳会議(九州・沖縄サミット)について、米国務省東アジア・太平洋局のロビン・ホワイト元日本部長が「(米軍普天間飛行場代替施設の)受け入れに向けた地ならしをする目的もあった」などと証言していることが28日までに分かった。同省付属機関が05年に実施したインタビューの口述記録にあった。

 日米両政府は1996年、普天間返還に合意。国と県などは2002年、普天間の代替施設として名護市辺野古沖を埋め立て軍民共用空港建設で合意した。

 ホワイト氏は経緯を振り返り、沖合案は「多くの日本の建設会社や鉄鋼会社は歓迎したが、米側には実現可能性やコスト、環境に対する影響について疑問が提示された」などと指摘。

 沖縄の反対で建設地選びが難航する中、「日本政府は沖縄に大規模の投資をすることで地元の合意を取り付けようとした」と述べ、サミットは「基地のために地ならしをする目的もあった」と説明した。

 一方で、日本政府は沖縄に多くのカネを投入し、国内観光旅行などは潤ったものの、規制を撤廃してツアーのパッケージ料金以外に航空会社の価格競争が可能となるような「真の経済成長につながる基本的な改善をしなかった」などと厳しい目を向けた。

 さらに、ホワイト氏はサミットが開催された当時から「普天間返還は大きな課題だった」とし、周辺に住宅が密集する人口過密地のため「悲惨な事故が起きるのを待っている」と揶揄(やゆ)されるほど危険性が認識されていたと説明。

 「何かする必要性を皆が認識していたと思う」と問題意識が共有されていた様子を語った。その後の04年8月、普天間基地所属のヘリが沖縄国際大学へ墜落、炎上している。

 また「沖縄の人々は、日本政府が沖縄の願望を考慮していないと感じている」とも述べ、「私の裏庭にはいらない」という雰囲気が強い日本本土には、沖縄の過重な基地負担を受け入れる余地がなかったとも指摘。「沖縄の人は、日本政府が基地負担を押し付け差別し、本土の人間は彼らを軽蔑していると感じている」と答え、日本政府と沖縄の間に存在する距離を認識していることを示した。