米国人が9・11の記憶を刻んできたように、私たちは4年前のきょうを忘れまい

 ▼あの日、テレビは津波が押し寄せる様子を刻々と映し出した。沖縄で、居ても立っても居られず、さりとて「早く、一刻も早く逃げて」と叫んでも届かない。途方もない絶望感にくれた。もどかしさは今も時折顔を出すが、幾筋もの光も見える

 ▼「沖縄の人たちと被災者の思いを共有したい」と言う久保田美奈穂さん(36)。福島第1原発事故後、水戸市から2人の子どもと一緒に那覇市へ避難して来た。名護市辺野古の新基地建設反対に共感し、集会にも足を運ぶ。「知らないことは罪である」と、二つの体験から発する言葉は重い

 ▼「一つになるより大事なことがあって、一つの歌からそれぞれ人数分の感情が生まれる」。自作の曲「このまちと」を歌う「かりゆし58」の前川真悟さん(33)は震災当時、「何もできない」ことに悩んだ末、個に向き合う大切さに気づく

 ▼「被災地という住所はなく、被災者という名前で戸籍に載っている人もいない」。ひとくくりにしがちな見方をほどき、柔らかで優しいまなざしを向ける

 ▼歌詞は〈諦めてなんかいないぜ このまちと夢を見よう ずっと ずっと〉と続く。「ずっと」の響きは深く心に染み入る。広く遠くいつまでも、個々の心の中で共振し合いたい。(与那嶺一枝)