「寒い日のラーメンを楽しみにしていた」「ジャガイモ掘りを頑張っていた」「盆踊りの炭坑節が好きだった」-。だれにでも楽しみな時間や大切な過ごし方がある。そんな日常の一ページが、生きた証しに変えられてしまった

▼相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」の入所者が殺傷された事件から1年。追悼式で紹介された犠牲者19人のエピソードを聞くと、残忍な犯行にあらためて怒りが湧く

▼元職員の植松聖被告は報道機関への手紙で「意思疎通ができない人間を安楽死させるべきだ」と差別的・独善的な主張を繰り返し、いまだに謝罪の言葉はないという。インターネットなどで犯行を擁護するような書き込みもあり、ゆがんだ価値観を生んだ社会病理も浮かび上がった

▼世間を震撼(しんかん)させた犯行だけに動機や詳細に目が向けられがちだが、この事件が照らし出したのは社会や人々の中に潜む「差別意識」ではないか

▼「役に立たない」「いらない」など障がいを理由に、偏見や心ない言葉に傷ついてきた人も少なくない。事件後も狙われるかもしれないと恐怖を感じる人もいるという

▼障がいの有無に関係なく、だれもが自分らしく生きることこそが人権である。昨年施行された障害者差別解消法が目指す、共に生きる社会づくりに真剣に向き合うことが私たちの役目だろう。(赤嶺由紀子)