平和の礎や対馬丸記念館など多くの追悼施設が県内にはある。膨大な数の刻銘や在りし日の遺影を前に、だれしも厳粛な気持ちになって犠牲者を悼み、平和な今に生きるありがたさに思いを致すだろう

▼刻まれた名前や記された年齢が、そんな思いを起こさせることを、二つの講演であらためて確認した

▼対馬丸記念館の運営に携わる外間邦子さん(76)は、展示の際、亡くなった人の年齢の表記にこだわった。780人の学童が犠牲となり、乳幼児も多かった

▼まだ両親の顔も覚えきれない0歳が22人いた。20人の1歳、29人の2歳の子は、どんなに怖かったことだろう。確かに、年齢が無言のうちに悲惨さを語りかけ、なぜそうなったのかを考えさせる

▼平和の礎には約24万人の名前が刻まれている。東京大空襲の記憶を後世につなぐ集会で、早稲田大学の北村毅准教授は「刻銘は単なる名前ではない」と強調した。名前は誰がどう死んだかを伝え、生きている者と死者が出会い、つながりを確認する結び目の役割があると意味づけした

▼戦争や災害で多くの命が奪われたことを、数の大きさに頼って語ってこなかったか…。どの死にも顔と名前があり、大切な一人一人であったはずなのに。戦後70年の今年、その人たちの人生を映す名前や年齢が発する無言の語りに、耳をすませたい。(宮城栄作)