せみの鳴き声が響く中、大田昌秀さんの県民葬が執り行われた。一般席には小さな子を連れた母親の姿もあり、その存在の大きさを改めて感じた▼記者になって3年目。県庁担当になった1995年の秋、米兵による暴行事件が起きた。