「当たり前」に慣れすぎると、失ったときにどれほど大切だったかを実感する。「こうしておけば」と悔やんでも先に立たず。さまざまな場面で誰しも覚えがあるはず

 ▼ついにこんな日が来た、との思いで23日付社会面を読んだ。ひめゆり平和祈念資料館内の体験講話が終了した。元学徒らはこの間、思い出すのも辛く苦しい経験を、どれほど多くの修学旅行生らに語り伝えてきたことか

 ▼70年前の戦禍を生き延びた方々が、戦争を知らぬ世代に壮絶な状況を語る姿は、沖縄の日常的な風景の一部だ。だが証言員の年齢は86歳以上。語り部の高齢化が何年も指摘されてきたが、いよいよ現実感が増す

 ▼戦時中の人々の表情や声、臭い、音、すべてを体験し、リアルな記憶を言葉で紡いできた人が去る。これからは彼らの肉声を知るわれわれ世代が、すさまじい体験を色褪(あ)せぬよう、伝える努力が必要だ

 ▼戦後70年の今、名護市辺野古では新基地建設を強行する政府の横暴が続く。翁長雄志知事の海上作業停止の指示を23日、官房長官は「この期に及んで」と切り捨てた。沖縄を踏みつける姿勢は変わらない

 ▼時代が過ぎれば、世代交代は仕方ない。だが流れに任せるままにせず、抗(あらが)うべきこともある。広がるサンゴがつぶされ、爆音に苦しみながら「なぜあの時」と後悔しないように。(儀間多美子)