2017年(平成29年) 10月22日

1935沖縄 よみがえる古里

【地割制】私有地認めず、久高島の原風景守る

 久高島区は、原則として土地の私有を認めず、区の共有地としている。戦前も同じだったことを物語るのが、1935年の畑の写真。作物の葉の色のトーンが変わる境目が見える。

 1935年に撮影された久高島の「地割制」を伝える畑。モノクロだが、葉の色が変わる境目がある。誰がどこを耕すのかを定めた区分けを見て取れる。琉球大学教授の赤嶺政信さん(63)=民俗学=によると戦前は毎年、旧暦1月4日にシンユエー(新寄合)という集会で、土地の配分を決めた。16歳の男性が約千平方メートルを与えられた。畑は1カ所でなく、11カ所に分かれた例があり、家から遠いか近いか、地味が肥えているかどうかなど平等性をもたせた仕組みとみる。一定の年齢になると集落に返したが、50歳や60歳など変動した可能性がある。「帳簿がなく、全容はつかめていない」(赤嶺さん)。戦後は毎年のやりとりをやめ、家族の人数に応じて固定化し、今に続いているという。撮影地は現在の久高小中学校の北側とみられる(写真は朝日新聞社提供)

 久高島で、地割制の名残をとどめた畑の石。一定の間隔で直線的に並び、誰の畑か境界線を示す。区長の西銘正博さん(65)は「昔から石は動いていない。共有地は買っても譲っても貸してもいけない」と話す。主に女性が耕し、サツマイモ、大根、スイカなどを作った。西銘照子さん(79)は那覇で働いて帰郷後、30歳ごろに畑仕事を始めた。砂地のような土壌が適したのか「特にニンジンは甘みが豊かでおいしいと言われた」と評判だった。半農半漁の夫と耕してきたが「17、18年前に出荷をやめ今は食べる分だけを作る。年を取って同じような人が増えている」。漁業や農業中心の島で、会社勤めで島を出ていく子どもたちが継がなければ「先祖代々の畑でも区に返す。時代の流れだと思う」と話す=7月10日、南城市知念久高

 1935年に撮影された久高島の「地割制」を伝える畑。モノクロだが、葉の色が変わる境目がある。誰がどこを耕すのかを定めた区分けを見て取れる。琉球大学教授の赤嶺政信さん(63)=民俗学=によると戦前は毎年、旧暦1月4日にシンユエー(新寄合)という集会で、土地の配分を決めた。16歳の男性が約千平方メートルを与えられた。畑は1カ所でなく、11カ所に分かれた例があり、家から遠いか近いか、地味が肥えているかどうかなど平等性をもたせた仕組みとみる。一定の年齢になると集落に返したが、50歳や60歳など変動した可能性がある。「帳簿がなく、全容はつかめていない」(赤嶺さん)。戦後は毎年のやりとりをやめ、家族の人数に応じて固定化し、今に続いているという。撮影地は現在の久高小中学校の北側とみられる(写真は朝日新聞社提供)  久高島で、地割制の名残をとどめた畑の石。一定の間隔で直線的に並び、誰の畑か境界線を示す。区長の西銘正博さん(65)は「昔から石は動いていない。共有地は買っても譲っても貸してもいけない」と話す。主に女性が耕し、サツマイモ、大根、スイカなどを作った。西銘照子さん(79)は那覇で働いて帰郷後、30歳ごろに畑仕事を始めた。砂地のような土壌が適したのか「特にニンジンは甘みが豊かでおいしいと言われた」と評判だった。半農半漁の夫と耕してきたが「17、18年前に出荷をやめ今は食べる分だけを作る。年を取って同じような人が増えている」。漁業や農業中心の島で、会社勤めで島を出ていく子どもたちが継がなければ「先祖代々の畑でも区に返す。時代の流れだと思う」と話す=7月10日、南城市知念久高

 撮影されたのと同じだとみられる場所には、道に面した所から奥へ、こぶし大の石が10~40センチおきに並び畑を短冊状に区分けしている。共有地のどこを誰が耕すかを示す琉球王国時代の「地割制」の名残だ。島の歴史に詳しい琉球大学教授、赤嶺政信さん(63)=民俗学=は「地割制は久高島だけで続いた」と話す。

 伊波普猷(1876~1947年)の『沖縄女性史』(19年)の論考「古琉球に於ける女子の位地」によると1899~1903年に土地の私有について1度は男性が集会で認めた。だが、女性が集まって決議を覆した。神代から続くものを変えていいのか、などの声が上がったとされる。

 沖縄民俗学会顧問で琉球大学名誉教授の津波高志さん(70)=文化人類学=は「土地所有は、その分税を払わないといけない。船乗りの男性よりも畑を耕す女性の方が意味を分かっていたのでは」とみた上で「詳しい研究はない」と話す。

 島の土地を共有することは80年代、「総有制」として「久高島土地憲章」や規約に定め、乱開発を防いだ。一方で人口減の対策として働き口をつくろうにも、用地をどうするかという課題にもつながった。 78年、最後のイザイホーに加わった福治洋子さん(77)=南城市知念久高=は「私たちは、島を守ってきた。若い世代が話し合って変えたとしても、それは島の文化だと思う」と語る。82年前の写真に写る島の原風景は、今の人々の営みにつながっている。(「1935沖縄」取材班・堀川幸太郎)=おわり

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