72年前の8月6日は月曜日で、広島の空はよく晴れていたという。

 午前7時すぎに鳴った警戒警報は間もなく解除され、それぞれの1日が始まろうとしていた。

 午前8時15分、米軍のB29爆撃機から原子爆弾が投下された。

 強烈な爆風と熱線、放射線によって爆心地から半径2キロに及ぶ市街地の建物のほとんどが破壊され、その年の暮れまでに約14万人が亡くなった。

 きょう広島は「原爆の日」を迎える。

 平和記念公園で開かれる式典には被爆者や遺族のほか、世界80カ国の代表が参列し、死没者の霊を慰め、恒久平和を祈る。

 「ヒバクシャの受け入れ難い苦しみに留意する」との文言が盛り込まれた核兵器禁止条約が、7月に国連で採択されてから初めての原爆忌である。

 今回、核兵器禁止を明文化した国際条約文書の誕生を報告するため参列するという人も少なくない。

 広島市の松井一実市長は式典で読み上げる平和宣言で条約に触れ、日本政府に「核保有国と非保有国との橋渡しに本気で取り組むよう」促す予定だ。被爆者の体験に根差した「良心」と、為政者が発揮すべき「誠実」さを訴えるという。

 唯一の被爆国でありながら条約制定交渉会合への参加を見送った日本の首相は、犠牲者や被爆者を前に何を誓うのか。

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 核兵器禁止条約は核兵器の使用や保有、実験だけでなく、使用をちらつかせる脅しも禁じる画期的なものである。

 戦後、体験を通して被害の実相と核兵器の非人道性を訴えてきた被爆者の取り組みが条約の原点にもなっている。

 国連加盟国の6割を超える122カ国が賛成したにもかかわらず、核保有国や米国の「核の傘」に頼る日本は交渉に参加していない。

 政府にも言い分はあるだろうが、平均80歳を超える被爆者が「生きている間に核兵器のない世界を」と訴えているのである。その願いを踏みにじり国際社会の期待を裏切る誠実さに欠ける対応だ。

 被爆者の体験を核廃絶につなげていくため、困難ではあっても核抑止論を乗り越える道を示さなければならない。保有国に核廃絶を働き掛ける真の橋渡し役になることが日本の責務である。

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 昨年度、広島市の原爆資料館には過去最多となる約174万人が訪れた。オバマ前米大統領の訪問や戦時中の呉市が舞台のアニメ映画「この世界の片隅に」のヒットなどが影響したとみられる。

 普通の家庭に少しずつ戦争が入り込む様子を描いた「この世界-」は、原爆で壊される直前まであった暮らしのいとおしさが伝わる作品だ。

 核兵器禁止条約を採択した国連の会合で被爆者の女性が「亡くなった一人一人に名前があり、誰かに愛されていた」と語ったことを思い出す。

 原爆によって奪われた一人一人の日常を想像しながら、その死を悼みたい。