【座間味】米軍が慶良間諸島に上陸し、沖縄戦の地上戦が始まって70年がたった26日、最初の上陸地の座間味村で村主催の慰霊祭が開かれた。村内で起こった「集団自決(強制集団死)」の犠牲者や戦没者をまつる村座間味の平和之塔に、遺族や関係者100人余が集まり、塔に手を合わせて鎮魂の祈りをささげ、平和の誓いを新たにした。

座間味島で亡くなった戦没者のめい福を祈り、焼香する参列者=26日午前11時すぎ、座間味村・平和之塔(伊禮健撮影)

 米軍は1945年3月26日の座間味、阿嘉島を皮切りに、28日に渡嘉敷島、4月1日には沖縄本島に上陸。国内最大の地上戦が始まった。

 慶良間諸島では住民と日本兵計約1800人が戦死した。うち「集団自決」では渡嘉敷島で330人、座間味島で177人、慶留間島で53人、屋嘉比島では2家族約10人が亡くなったとされる。

 座間味村の慰霊祭は5年に1度の開催。宮里哲村長は「戦争の事実を私たちに話してくれた祖父母の世代は、すでにいない。節目の年に私たちの役割を問い、戦後100年に向けて村の未来を描く年にしたい」と述べた。

 座間味村に次ぐ米軍の上陸地となった渡嘉敷村では28日午後1時半から、白玉之塔で村主催の慰霊式典が営まれる。