伊江島北部、ミナトバル、ヨサシバルと呼ばれた一帯。戦前、ソテツが群生する原野だった。沖縄戦後、ソテツが切り払われ、米軍の焼夷(しょうい)弾、ロケット弾、銃弾が野積みされていた。本土上陸作戦のために用意した弾薬は、戦後数年そのまま残っていた。 金網で囲まれた弾薬集積地域の入り口。