東京を拠点に活動する那覇市首里出身のモデル、松島よう子さんが、琉球王朝時代から家伝として受け継がれてきた製法で沖縄の加工食品「豆腐よう」を製造・販売し、人気を集めている。母方の先祖から代々継承した製法で作られる豆腐ようは、優しい口当たりとあっさりとした風味が特徴。沖縄独特の食文化として知られる豆腐ようがどのように作られるのか、昔ながらの作り方を見せてもらった。

朝義さん制作の器に入れたよう子さんの豆腐ようは、紅こうじの赤みも鮮やか。価格は5〜6粒入りで2700円(税込み、送料別途)。

切った豆腐に塩をまぶし、ざるに並べる。豆腐の大きさは通常よりも少し大きめ

豆腐をざるに並べて天日で干す松島よう子さん。干した豆腐は約3分の2の大きさに小さくなり、きつね色に変色しぬめりが出る=那覇市首里

つけ汁に入れた豆腐を南蛮瓶でつけ込む。南蛮瓶は父親の松島朝義さんが制作。瓶のふたにはつけ込んだ日付やつけ汁の割合が細かく書かれている

家伝の豆腐よう作りについて話す松島よう子さんと父親の朝義さん

朝義さん制作の器に入れたよう子さんの豆腐ようは、紅こうじの赤みも鮮やか。価格は5〜6粒入りで2700円(税込み、送料別途)。 切った豆腐に塩をまぶし、ざるに並べる。豆腐の大きさは通常よりも少し大きめ 豆腐をざるに並べて天日で干す松島よう子さん。干した豆腐は約3分の2の大きさに小さくなり、きつね色に変色しぬめりが出る=那覇市首里 つけ汁に入れた豆腐を南蛮瓶でつけ込む。南蛮瓶は父親の松島朝義さんが制作。瓶のふたにはつけ込んだ日付やつけ汁の割合が細かく書かれている 家伝の豆腐よう作りについて話す松島よう子さんと父親の朝義さん

 「豆腐よう」は豆腐を発酵させて作る沖縄の伝統食品。琉球王朝時代から独自の食文化として継承され、沖縄を代表する珍味として酒のさかなやお茶請けとして食されてきた。近年は量産され観光土産品としても人気を集めているが、首里などでは家庭に伝わる独自の作り方で味が受け継がれているという。

 「子どもの時、祖母が自宅で豆腐ようを作っていた匂いや雰囲気を覚えている。親戚が集まる特別な時にもてなしで出され、大人がちびちびと少しずつ食べていた」

 母方が首里の士族の家柄だったというよう子さんにとって、豆腐ようは幼少時から身近にあった家庭料理。東京でモデル業に専念するようになり、2005年頃から沖縄へ帰郷する際に、伯母さんの豆腐よう作り(「古式豆腐よう 与儀」として販売)を手伝うようになった。

 「『豆腐ようの味を広めたい!』という気合はなく『手伝ってみる?』と伯母さんに言われて、自然に作るようになった」と笑う。

 次第に独り立ちしたいとの気持ちが生まれ、15年末から「豆腐よう 松島」として生産を手がけ、現在は東京とネットで販売をしている。

 作り方は、市販の島豆腐を切り、表面に手で塩をすり込むようにまぶす。何げない作業に見えるが、最後に味を左右する微妙な塩加減は、これまでに培われた目分量で「説明できない」という。

 塩をまぶした豆腐はざるに並べて天日で3〜4日、干す。豆腐よう作りには天気が良く風があり、乾燥した状態が適しているが、天気や豆腐の状態を見て干す場所を日陰に移すなど、ここでも今までの経験則が生かされている。

 天日干しした豆腐は泡盛で洗い、泡盛と紅こうじを混ぜ合わせたつけ汁に入れ3〜4カ月、南蛮瓶でつけ込む。よう子さんが使う南蛮瓶は、陶芸家として知られる父親の松島朝義さんが制作したもの。発酵にかける時間によっても味や風味が変わる。

 完成した豆腐ようを食べさせてもらうと、優しい塩味とともに泡盛の甘く香ばしい風味が口いっぱいに広がった。

 よう子さんは「モデルの仕事は瞬発力が必要で、大勢の中のパーツのよう。すべて1人の豆腐よう作りは日々の生活の中の一部」と説明。

 よう子さんの祖母が作る豆腐ようも食べた、父親の朝義さんは「家伝として同じ手順で作られた味。年季が入るともっとおいしくなっていくと思う」と期待を込めた。(文・写真、与儀武秀)