沖縄戦中に渡嘉敷島で起きた「集団自決(強制集団死)」で、住民330人が犠牲になってから70年がたった28日、渡嘉敷村主催の慰霊式典が村渡嘉敷の白玉之塔であった。遺族や村の関係者ら約150人が参列し、戦没者の冥福と平和の継続を祈った。

犠牲者の冥福を祈り、焼香する式典参加者=28日午後2時すぎ、渡嘉敷村・白玉之塔

 遺族を代表した前村長の座間味昌茂さん(74)が、日本軍駐留から米軍上陸を経て「集団自決」などで多くの住民が犠牲になった島の歴史をたどりながら「戦争の悲惨さと平和の尊さを後世に語り継ぐことを約束する」と宣言。渡嘉敷中2年の神里つなみさん(14)ら生徒会6人が平和の詩を朗読した。

 塔には島の戦没者594柱がまつられている。家族が島の「集団自決」で生き残り、その翌日に生まれた松本好勝村長は「ご遺族の皆さまと今日の社会をつくり上げることができたことは御霊の尊い犠牲の上にあり、われわれは寸時も忘れてはならない」と述べた。

 米軍は1945年3月26日の座間味の島々を皮切りに、27日に渡嘉敷島へ上陸。翌28日、島北部の北山(にしやま)に集まった住民たちが投降を許さない日本軍の強制により、手りゅう弾を爆発させたりして「集団自決」した。