米施政権下の沖縄で、米軍が基地労働者の組合結成を妨害したのは基地機能のまひを恐れたからだろう。1961年、弾圧をはねのけて「全軍労」を立ち上げた元衆院議員の上原康助さんが6日、84歳で亡くなった

▼全軍労以前にも基地内で組合結成に動いた人たちがいた。発覚して厳しい尋問を受け、見せしめ的に解雇され、再就職まで妨害された。上原さんらは「地下」で準備し全軍労を立ち上げ、団結して労働者の権利を訴えた

▼以前手掛けた連載「基地で働く 軍作業員の戦後」の中で、町田キヨ子さん(70)はこう語る。「今の基地従業員には育休も夏休みも退職金も、最初から全部ある。でも、それが『当たり前』と思われたら困るんだ」

▼労働者の権利も国政選挙権も基本的人権も、戦後沖縄は一つずつ勝ち取った。敗戦後、GHQによって権利が「付与」された本土とは歩みが違う。築いた一人に上原さんがいたのだと改めて思う

▼「基地で働く-」は名もなき一人一人が基地内でどんな仕事をし、何を見てどう思ったかがテーマ。だから上原さんをはじめ、全軍労の元幹部には取材しなかった

▼2013年12月、出版祝賀会に来てくれた上原さんに非礼をわびると「まあ、そういう手法もあるかな」と一笑に付してくれた。この時少し後悔したことを、訃報に接し思い出した。(磯野直)