フランス人彫刻家、オーギュスト・ロダンの「考える人」はあまりに有名だ。頭を支え、沈思黙考する姿は1800年代の作品。同じくフランスの17世紀の思想家パスカルは、人間を「考える葦(あし)」と呼んだ

 ▼ナイル川の葦は1本では弱いが、群生すれば強風にもしなやかに耐える強さを例えたという。葦を人間に見立てたことを示すため、ヒトの特性を「考える」の一言で表現した

 ▼思考を巡らせて物事を生み出し、また問題解決する力こそ人間に与えられた天賦の才だ。だが近年は「思考停止」という言葉をよく聞く。考えることを放棄すれば、短絡的で投げやりな行動が待っている ▼先日、千葉県の高校教師が校内で子猫5匹を見つけ「どうしていいか分からず」に生き埋めにした。理由を知らされず穴を掘らされた生徒の一人は、スコップから落ちた一匹を拾い、乗せた

 ▼その後、何が起きたかを知りショックを受けたという。事件を聞いた高校生はインタビューに「自分なら里親を探す」「埋める前に何かできたはず」と意見を出し合った。小さな命を前に、彫刻のごとく熟考するまでもない

 ▼情報化、マニュアル化の世の中で、生徒を教え育てる教師すら「思考停止」状態の今を憂う。かつて先人たちは「考えること」こそ人間だと、メッセージを送ってきたはずなのに。(儀間多美子)