長い戦争がようやく終わりを告げ、平穏な暮らしが戻ってきた。人々が平和の尊さを実感したのは、戦時下の生活の制約から解放され、日常を取り戻した時であった。

 作家の永井荷風は終戦の日から3日後、日記にこう書いている。「朝おも湯を啜(すす)り昼と夕とには粥に野菜を煮込みたるものを口にするのみ。されど今は空襲警報をきかざる事を以て最大の幸福となす」(『断腸亭日乗』)

 戦後、生活雑誌「暮しの手帖」を創刊した花森安治は著書『一戔五厘の旗』で「夜になると 電灯のスイッチをひねる」「ねるときには ねまきに着かえて眠る」「戦争のないことは すばらしかった」とつづった。

 きょう8月15日は終戦の日。72年という戦後の歳月は日本の社会を大きく変えた。戦後生まれの人が2014年に総人口の8割を初めて超えた。身を以て戦争のリアルさを語ることのできる人が周りからいなくなっていく。

 戦争体験者が急速に減っていく中で、「平和」や「民主主義」という言葉が戦後初期に持っていたインパクトや喚起力を失いつつあるのではないか。

 「ねるときには ねまきに着かえて眠る」ような当たり前のことに幸福感を覚えるのは、それができなかった戦争の時代を生きていたからだ。

 それだけではない。戦後72年たって、戦争ができる社会への編成替えが急速に進み、戦争を起こさせない社会的な力が弱まっているのである。

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 政府与党は、数の力に物を言わせ、特定秘密保護法、安全保障関連法、「共謀罪」法を強行的に成立させた。いずれも日本の社会の在り方を根本的に変える法制である。

 米朝が戦端を開いた場合には日本は集団的自衛権を行使するため自動的に戦争に巻き込まれる可能性が高い。

 国民意識も変わってきた。中国、北朝鮮を敵視する排外主義が横行し、ネットや雑誌では「反日」「売国奴」などの罵詈(ばり)雑言が飛び交う。国民の分断が進み、ささくれだった空気が漂っている。

 「平和」「民主主義」「人権」という言葉を聞いただけで、アレルギー反応を起こし、忌避するような動きが広がりつつあるのも気掛かりだ。

 国会は肥大化する行政権に対し、チェックする役割を果たしているとはいえない。三権分立が機能不全に陥ると、戦争を止める力が弱まる。

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 アジア太平洋戦争で日本人犠牲者は計310万人に上る。軍人・軍属は約230万人で、60%強の140万人前後が広義の餓死者といわれる。

 憲法は前文で「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」ことをうたっている。

 この文言が大戦の膨大な犠牲の上に成り立っていることを忘れてはならない。

 戦争を美化したり、殉国美談に仕立てたりするのではなく、リアルな戦争の実相を戦後世代の私たちが改めて学び直す必要がある。