国家による教育への過剰な介入は危うさがつきまとう。特に周辺諸国とのあつれきを生みかねない領土問題や歴史認識についてはなおさらだ。時計の針が戦前に逆回転しているような印象さえ受ける。

 文部科学省は、2016年度から使われる中学校用の教科書検定結果を公表した。検定基準や学習指導要領解説書の改定など、安倍政権の「教科書改革」の下での初の検定である。

 際立っているのは、領土教育の強化と日本の立場の明記、慰安婦や戦後補償など近現代史で政府の統一見解がある場合はそれを加筆するよう求めていることである。

 その結果、領土の記述は倍増した。社会科の検定を申請した教科書18冊すべてが尖閣諸島と、竹島について取り上げ、多くが「日本固有の領土」と記述した。

 「尖閣諸島は日本固有の領土であり、領有権の問題は存在しないというのが日本の立場」(教育出版・公民)「竹島は日本固有の領土だが、韓国が領有を主張し、不法占拠している」(育鵬社・公民)などと記述されている。

 下村博文・文科相は教科書検定について「これまで光と影のうち影の部分が多かった。政府見解を載せることで、よりバランスがとれる」と述べた。

 領土問題では「日本政府の見解」を鮮明にする一方で、周辺諸国の主張を記述した社はない。領土に関する認識は大切だろう。だが、相手国の見方や過去の歴史的経緯に触れなければ、なぜ問題化しているのか理解するのは難しい。

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 「学説が定まっていない場合は、その旨を明記し、生徒が誤解しないようにする」。文科省は検定基準の改定で、近現代史を扱う際の留意事項を追加した。愛国心を盛り込んだ教育基本法の目標に照らして重大な欠陥があれば不合格にすることも明記した。

 検定基準の厳格化がもたらすのは何か。

 沖縄戦の記述に関して、これまで「日本軍によってスパイと疑われて殺害された」と記述していた出版社が「スパイとみなされ処罰されることもあった」と変更した。これは単なる変更ではなく歴史の改ざんではないか。

 「集団自決(強制集団死)」については、6社が「軍の関与」に触れたが、うち1社はこれまでの「自決を強いられた」を各社同様に「自決に追い込まれた」と変更。その結果、強制性を明記した出版社がなくなった。いずれも自主規制の結果である。これでは沖縄戦の実相を伝えられなくなる恐れが出てくる。

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 政府見解の記述を求めるのは実質的な「国定教科書」への回帰である。安倍政権の意向を忖度(そんたく)し、執筆者や出版社が萎縮すれば教科書の変節を招くことになろう。

 領土教育の過度な強化や近現代史についての政府見解の記述は、偏狭な排他意識を植え付けることにならないか。多様な意見、物の見方に触れて考え方の幅を広げるのが教育だ。「安倍色」の強い教科書で近隣諸国との友好に寄与する人材を育むことができるのか危惧する。