【松田良孝通信員】沖縄関係者も犠牲になった1947年の「2・28事件」に関連した場所を訪れる市民向けのフィールドワーク(基隆市文化局主催)が5日、基隆市内で行われ、約30人が参加した。2016年に台湾の裁判で被害者として認められた青山恵先さん=当時(38)=が行方不明になった和平島や、弾圧の拠点となった基隆要塞(ようさい)司令部跡などを訪れた。

2・28事件のフィールドワークで和平島を訪れた参加者=5日、台湾基隆市

 同事件では中国国民党の住民弾圧により、2万人以上が犠牲になったとされる。基隆は戦後も沖縄との間で往来があったことなどから沖縄関係者が巻き込まれるリスクが高く、青山さん以外にも、行方不明となっている仲嵩實さん=当時(29)=と石底加禰(かね)さん=同(39)=の家族が台湾政府に犠牲者としての認定を求めている。

 フィールドワークの参加者は、和平島で「日本統治期から基隆と沖縄の交流は盛んだった」との説明を聞き、沖縄関係者が事件に巻き込まれた背景にある往来の経緯などについて理解を深めた。

 基隆要塞司令部跡は旧日本軍が1928年に建設したもので、戦後は中華民国の基隆要塞司令部として使われた。2010年に基隆市の古跡に指定され、現在は改修のために公開されていないが、この日は許可を得て見学。同事件の前年10月、同党総裁だった蒋介石が訪れたことを示す記念碑などがあり、参加者は写真を撮ったり、碑文を読んだりしていた。