「七転(くる)び転でぃ/ひやみかち起(う)きり」。昨年の知事選の時期、街角でよく「ひやみかち節」を聞いた

▼翁長雄志知事が自らテーマソングに選び、選挙母体にも「ひやみかち」の名を冠したという。新基地建設を強行する政府、立ち向かう沖縄という構図にピタリとはまった。政治的な嗅覚はさすがというべきか

▼作曲は高名な琉球音楽研究家の山内盛彬(せいひん)だが、作詞者はあまり知られていない。今帰仁村出身の実業家、平良新助(1876~1970年)

▼20歳で自由民権運動に身を投じ、奈良原繁知事の圧政と闘う。後に米国に渡ると、裸一貫から出発してホテル経営で成功した。戦火で変わり果てた故郷に帰ったのは53年。人々を勇気づけようと詠んだ琉歌が山内に伝わり、ひやみかち節が生まれた

▼平良は、80歳をすぎて乙羽岳でのロープウエー建設を構想。村有地借用を申し出たが、断られた。希望期間が30年で、終了時には110歳を超えたからだ。本人は至って真剣だったという

▼平良の夢の大きさに触れた人々は、今も目を輝かせて「アメリカおじぃ」と呼ぶ。銅像やひやみかち節の歌碑を建てようと、26日に地元でチャリティー公演を開く。山内ゆかりの沖縄市でも、毎年コンクールがある。政府が総がかりで沖縄を転ばせようと画策する今だからこそ、高く鳴り響いてほしい。(阿部岳)