奄美群島から先島諸島までを守備範囲とした日本陸軍の組織の一つで、1944年3月に編成。首里城地下に大規模な司令部壕を構築した。同年8月以降は牛島満中将が司令官に就任。通称・武、球、山、石など各部隊に、海軍の沖縄方面根拠地隊が加わり沖縄守備軍として陣容を整えた。だが同年12月に武部隊(第9師団)がフィリピン・レイテ島決戦に備えるため台湾へ移動した影響などで、第32軍は米軍の沖縄本島上陸予想地の防衛を事実上放棄。主力部隊を中南部に配備し、本土決戦の時間稼ぎをする持久作戦を取った。

首里城下の第32軍司令部壕内の壁に沿って並べられた棚寝台。病院としても使われた=1945年7月6日

首里城下の第32軍司令部壕内の壁に沿って並べられた棚寝台。病院としても使われた=1945年7月6日