1943年1月、日米の激戦地だったソロモン諸島のガダルカナル島で、与那国島出身の大舛松市陸軍中尉が戦死した。陸軍省は軍最高の名誉である「個人感状」を授与し、大舛大尉(没後特進)は沖縄が生んだ初の「軍神」として称賛の的に。大舛大尉をたたえる顕彰運動が行われ、出身校の県立第一中学校には胸像が建った。演劇や紙芝居にも描かれ「大舛大尉に続け」は青少年への戦意高揚のキャンペーンに使われた。

大舛大尉の弟の談話を紹介し、大尉を称賛する当時の新聞記事

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