観光施設の片隅に集められた頭蓋骨に、衝撃を受けたことがある。戦後30年ほどがたったころの話だ

 ▼楽しかったはずの遠足なのに、覚えているのはロープで囲われた初めて見るたくさんのお骨。なぜこんな所に放ってあるのだろうと疑問を抱いたが、小学生の興味は移ろいやすい。異空間の残像だけが残った

 ▼その意味を真正面から問い、32年にわたって遺骨収集のボランティアに取り組んできたのがガマフヤー代表の具志堅隆松さん(61)だ。「沖縄を語る-次代への伝言」(13日付本紙)では、無念の死を遂げた遺骨がいかに雄弁か物語っている

 ▼激戦地の南部へ行けば行くほど守られるべき住民の遺骨は壕の外で見つかるが、日本兵は中だった。下半身はそろっているのに、上半身が砕け散っている遺骨は、軍から渡された手りゅう弾による「自決」跡ではないか-。戦を生き延びた住民の証言を、遺骨が身をもって裏付ける

 ▼具志堅さんは、時に真っ暗な壕で無数の目に見詰められ問われていると感じ、1体の遺骨と同じ姿勢になって息絶えた状況を模倣する。自らの命を危険にさらしながら、山中で手りゅう弾の安全化作業を担うときも戦時を思うだろう

 ▼おびただしい数の遺骨は、戦後70年を迎えた沖縄、日本を見て何を語るだろうか。具志堅さんに倣い、思いを巡らせたい。(与那嶺一枝)