九州へ疎開する学童ら1788人を乗せ、那覇港を出航した疎開船「対馬丸」が1944年8月22日夜、鹿児島県の悪石島沖で米潜水艦ボーフィン号の魚雷に撃沈された。犠牲者は、学童780人を含む1485人(氏名判明分)。南西諸島の海域ではそれまでに、17隻の引き揚げ船や本土航路の船が沈められていたが、日本軍が軍事機密としてかん口令を敷いたため、多くの人々が危険性を知らないまま乗船した。54年5月に戦没学童らを慰霊する「小桜の塔」建立、沈没から60年がたった2004年8月には、那覇市若狭に対馬丸記念館が開館した。

対馬丸の航路

対馬丸の航路