沖縄県の糸満市役所で開かれている写真展「1935沖縄・糸満 写真にみる故郷」(共催・糸満市教育委員会、朝日新聞社、沖縄タイムス社)。82年前の風景に思いをはせる来場者の中には、幼い頃過ごした自宅を見つけたり、写真の中の祖父に「初対面」した人もいた。

「1935沖縄・糸満 写真にみる故郷」展で、旧糸満署とともに写る幼少期を過ごした家を指す永吉純一郎さん。「70坪(約230平方メートル)ほどの小さな家だった」と思い出していた=22日、糸満市役所

祖父・上原亀さんの顔を初めて見た勝さん。「サメトヤー(サメ漁師)だったのも、記事を見て初めて知った」。家筋の通称「三男仁王(ニワー)ヤー」に、祖父のあだ名「仁王」が息づいている=22日、糸満市役所

1935年の糸満を捉えた写真展の一環で、糸満市の山巓毛から当時の町並みについて解説を聞く講座の参加者たち=日(糸満市教育委員会提供)

「1935沖縄・糸満 写真にみる故郷」展で、旧糸満署とともに写る幼少期を過ごした家を指す永吉純一郎さん。「70坪(約230平方メートル)ほどの小さな家だった」と思い出していた=22日、糸満市役所 祖父・上原亀さんの顔を初めて見た勝さん。「サメトヤー(サメ漁師)だったのも、記事を見て初めて知った」。家筋の通称「三男仁王(ニワー)ヤー」に、祖父のあだ名「仁王」が息づいている=22日、糸満市役所 1935年の糸満を捉えた写真展の一環で、糸満市の山巓毛から当時の町並みについて解説を聞く講座の参加者たち=日(糸満市教育委員会提供)

 22日に訪れた那覇市曙の永吉純一郎さん(70)は、旧糸満警察署の建物が写るカットの中に、幼い頃を過ごした自宅を見つけて懐かしんでいた。

 自宅があったのは、市糸満の丘、山巓毛(さんてぃんもう)近く。旧糸満署の南、道向かいだった。写真の左下に石塀に囲まれ、赤瓦屋根の軒先が写る。会場にある1945年の家々の屋号などをまとめた地図にも、同じ場所に「永吉」とあり、記憶と一致した。

 永吉さんによると「沖縄戦の艦砲射撃か何かで屋根に大きな穴が開き、そのままになっていた」。祖父・上原亀さん、祖母・カメさんの後を継いで住むはずだった長男も戦前にハワイに移民し、地元にいなかったという事情も影響したようだ。50年ごろに修繕した後、家族と5歳まで住んだという。

 昨年から家系図作りに取り組み、実家の写真を探していた永吉さん。この日は戸籍を調べるために糸満市役所を訪れて偶然、写真を見た。「家族の歴史の一部が分かるものに出合えてうれしい」と、ニコニコしていた。