沖縄県の粟国空港で第一航空(本社・大阪府)の那覇-粟国便の機体が着陸に失敗、滑走路を外れて金網に衝突し、乗客ら14人のうち11人がけがをした事故から28日、2年がたった。運休の続く同便について、同社は9月にも再開したい意向を示している。住民も空路復活を望むが、「最初の乗客にはなりたくない」との不安も根強い。(南部報道部・堀川幸太郎)

粟国空港で、那覇便再開に向けて訓練している第一航空機=26日、粟国村

 事故について運輸安全委員会は昨年12月、副操縦士が知識不足で前輪を固定しなかったミスがあったなどとする報告書を公表した。

 第一航空によると8月中旬の時点で、けがをした人のうち2人と示談交渉が終わっていない。同社は現在、粟国-那覇間で飛行訓練などをしている。村民説明会を開いた上で9月上旬にも週3日、1日2往復で再開できるとしている。

 しかし、粟国村の新城静喜村長は「まだ早い」とみる。「運航に国、県、村の補助金が必要だが、村負担が数百万円か1千万円を超すのか、同社も交えた協議が終わっていない」からだ。金額が決まれば補正予算案を9月下旬の村議会定例会に出す考えだが、「議会も通っていないのに、事故を起こした企業の説明会に村民が納得するだろうか」と疑問視する。

 息子夫婦と孫が事故に遭った村浜の伊佐ハツ子さん(75)は納得していない。3月の訓練機のパンクや、6月に2度あった着陸ミスは新聞で知った。「法律で報告義務がなくても地元に知らせるべきではないか。不信を解こうとしているとは思えない」といぶかる。

 那覇まで片道約20分、1日3往復の飛行機が運休し、粟国の“足”は主に同約2時間、1往復のフェリーになった。島を出るのは午後2時すぎ。空路で日帰りできた病院通いなどに、2泊3日かかるのが一般的だ。客が飛行機の運休前から6、7割に落ち込んだままの民宿もある。

 事故当時、空港の売店で働き、役場への通報などの対応に追われた村浜の与那則子さん(61)は「不便さを考えたら、離島に飛行機は欠かせない」と実感する。「自分も乗ると思う。でも、安全だと何度言われても、最初の乗客になるのは嫌。皆、そうだと思う」