【山城博明通信員】ボリビアに沖縄県人が定住してから2018年に110周年を迎えることから、ボリビア沖縄県人会(知念良信会長)はこのほど、110周年祭典準備委員会を立ち上げた。

ボリビア移民110周年の準備委員会発足会議が開かれた=オキナワ第1移住地

 ボリビアへの日本人、沖縄県人の移住はペルー移住と密接な関係がある。1899年に790人の日本人が第1航海としてペルーに到着した。契約労働者としての移民だったが、病気などの多発で配属された耕地を離れる人が多かった。一部の91人がボリビア東部の密林でのゴム樹液採取に従事するためにボリビア領サンアントニオに入ったのが、日本人でボリビアの地を踏んだ最初といわれている。

 沖縄県人が最初にペルーへ到着したのは1906年10月。第3航海の移民の中に36人いたのが始まりである。彼らの契約期間は6カ月と短期であった。配属された耕地の契約を終えると、他の耕地へ移動する者もいたが、15人の沖縄県人がゴム樹液採取に従事するためボリビアに入った。

 これが最初といわれるが氏名や詳しい年月日が判明していない。そこで、ボリビア沖縄県人会では各種資料を調べ、1908年にボリビア滞在が確認できたのが第3航海(06年)の玉城盛忠、第4航海(07年)の鉢嶺宗温、比嘉三平、呉屋牛、第6航海(08年)の名城嗣好、赤嶺亀の各氏で、これを目安に2018年を110周年と制定している。

 ペルーへの第3航海で沖縄から行った36人のうち、具志頭村出身の上地樽さんの娘がサンタクルス市内で暮らしている。ボリビア沖縄県人会ではこれを機に県人子孫の調査も検討している。