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  • 辺野古で抗議を続ける山城博治さん(62)が病気療養することに
  • 悪性リンパ腫が進行しており、少なくとも数カ月は闘病に専念する
  • 同じ沖縄平和運動センターの大城悟事務局長が留守を預かる

 「悪性リンパ腫が進行していて、すぐにでも治療を、と医者に言われた。病気を乗り越えて、一日でも早く帰ってきたい」

新基地建設に反対する市民らに、療養後に戻ってくると語る山城博治さん(右)=20日、名護市辺野古

 沖縄平和運動センター議長の山城博治さん(62)が20日、突然告白した。通い慣れた名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前。共に闘ってきた仲間に行動継続を呼び掛けた。21日に再度ゲート前を訪問した後、少なくとも数カ月間は闘病に専念する。

 20日、病院で検査結果の説明を受けた山城さん。家族と相談し、「黙っていなくなったらかえって心配を掛ける」と、その日のうちに公表した。

 今年に入り、沖縄防衛局の資材搬入を警戒する24時間態勢の行動が始まった。山城さんは真冬の仮設テントで1カ月以上寝泊まりしながら、健康不安とも闘っていた。一時、首は腫れ上がり、胃の痛みも自覚していた。

 いろいろ検査を受けても、病名ははっきりしなかった。「自分の体がどうのこうのじゃない。運動の今この時期だけはやめてほしい」と、祈るように話したことがあった。

 この日、山城さんは涙をにじませながら、マイクを握った。「厳しい闘いは続くが、県内、全国の仲間がいる。海に石一つ投下させては駄目だ」。若いころから自分を奮い立たせてきた「ケ・サラ」を歌った。

 突然の報告に、目を赤く腫らす人も多かった。激励の歌やあいさつ。「負けるな博治」と、シュプレヒコールも上がった。留守を預かる平和運動センターの大城悟事務局長は、「博治さんが戻るまでゲートを守っていこう」と力を込めた。

 「本当に悔しい。こんな時にベッドの上なんて」と漏らした山城さん。振り払うように、「行動の基本はできている。資材のトラックが来ても、みんなが止めてくれる」と後を託した。握手を求める人の列は、なかなか途切れなかった。(比屋根麻里乃、阿部岳)