那覇軍港の移設反対を公約に掲げて当選した松本哲治浦添市長が、軍港受け入れを正式に表明した。

 21日夕方開かれた市政報告会では、出席した市民から「国際的リゾートの前に戦車が並ぶ軍港はそぐわない」「公約は政治家の生命。子どもたちに規範意識を示してほしい」など受け入れに反発する声が相次いだ。

 那覇軍港は復帰直後の1974年に日米間で返還が合意されたが実現せず、96年の日米特別行動委員会(SACO)最終報告で浦添埠頭(ふとう)地区への移設で再度合意されている。

 軍港移設問題は、浦添市が進める西海岸開発計画と密接に関わることから、歴代市長が必死になって取り組んできた市政の重要課題でもある。

 三つどもえとなった2013年の市長選では、軍港受け入れを「容認」「見直し」と主張する対立候補に対し、松本氏だけが「反対」を訴え当選。当時、知名度が高いとはいえなかった松本氏勝利の要因の一つに軍港反対の姿勢が挙げられた。

 重要な争点にからむ公約の撤回は有権者を裏切る行為である。政治的、道義的責任は免れない。

 市長になって2年余り、軍港受け入れに転じた理由を松本氏は、キャンプ・キンザーの返還を見据え、西海岸の一体的な開発が「市益の最大化を図ることになる」と語った。受け入れを前提にした国際的リゾート地の形成を目指す市案も説明している。

 ならば、なぜ選挙の時、そう言わなかったのか。選挙公約とは、鳥の羽ほど軽いものなのか。

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 松本市長は軍港受け入れを表明した20日の記者会見で「公約は変えてはならないものではない」と、一般論を持ち出し正当化した。

 「移設反対」を信じて一票を投じた有権者を愚弄(ぐろう)するようなものであり、その言葉の軽さといい、政治家として資質を疑わざるを得ない

 09年の民主党政権誕生以降、顕著になったのは米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する強固な民意である。

 辺野古容認では勝てないと思ったのだろう。10年の参院選、知事選、12年の衆院選で自民党の候補は「県外移設」を公約に当選した。その流れの中に松本氏の当選もある。

 前知事らは、安倍政権になって「辺野古容認」へと基本政策を変えるのだが、松本氏もそれに倣ったようだ。

 有権者に選ばれた代表者が公約を実現させるための政治が「代表制民主主義」である。公約は有権者との約束であり、公約を翻すことは政治不信を招く。

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 松本市長は軍港を受け入れる前に、普天間問題でも県内移設へと姿勢を転じた。一番の目玉政策だった給食無料化も実施されないままである。政治家としての未熟さや、見通しの甘さを指摘されてもしかたない。

 松本氏のオフィシャルサイトには「人を騙(だま)さない政治にリニューアル」と政治家のモラルが書かれている。

 市民と交わした重大な約束を破ったのだから、選挙で信を問うのが筋である。