兵隊のために食事を運ぶこと。看護要員として、陸軍病院や野戦病院に配属された女子学徒らが、その役割を担った。南風原町の陸軍病院壕では、ふもとにある離れの炊事場で調理し、炊き上がった飯や汁をたるに詰め、2人1組で壕まで運んだ。激しい銃撃や砲撃の中での危険な作業で、命を落とす人もいた。

飯上げを追体験する学生ら=2013年2月、南風原町喜屋武

 現在、食事を運んだ道は「飯上げの道」として残され、当時を追体験する取り組みが続けられている。