「『沖縄県知事はじめ県民が明確に反対している』とオバマ大統領に伝えてください」。翁長雄志知事は、日米首脳会談を控えた17日、安倍晋三首相と初めて会談し、そう要望した。

 選挙で示された沖縄の圧倒的な声は、オバマ大統領に届いたのだろうか。

 安倍首相は28日、ワシントンでオバマ米大統領と会談し、米軍普天間飛行場の辺野古移設を推進することで合意した。

 会談で首相は、翁長知事から「米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設には反対だと言われた」ことは伝えたようだが、「辺野古移設を唯一の解決策とする立場は揺るぎない」と、強い決意を示したという。

 民主主義という価値を米国と共有していることを強調する割には、選挙で示された民意を重く受け止める姿勢が少しも感じられない。

 翁長知事は29日、急きょ記者会見し、辺野古移設を再確認したことに「強い憤りを感じている」と両政府を批判した。多くの県民の声を代弁した発言だと受け止めたい。

 日米首脳会談が開かれた28日は、サンフランシスコ講和条約が発効し、沖縄が米施政下に置かれた63年前の「4・28」と同じ日付である。

 菅義偉官房長官は同じ日に、4月28日の政府主催の「主権回復の日」の式典を「今後、5年とか10年の節目で行っていきたい」と、言ってのけた。

 この政権は今や、沖縄切り捨てを何とも思わないほどに、おごりが高じてきたようだ。

    ■    ■

 沖縄戦は、本土決戦の時間をかせぐための、勝ち目のない「捨て石作戦」だった。保護されなければならないはずの戦闘能力のない老幼婦女子は逃げ場を失って戦闘に巻き込まれ、10代の若い女子生徒や男子生徒は学徒隊として動員され、多くの住民が犠牲になった。

 沖縄を占領した米軍は戦後、住民の土地を一方的に囲い込んで基地にした。

 沖縄の米軍基地は、敗戦の結果生じたものだ。復帰前、「キーストーン・オブ・ザ・パシフィック」(太平洋の要石)と形容されるほど巨大な米軍基地網が建設されたのは、日本の主権が及ばなかったからである。

 沖縄の人々にとって戦争の記憶は今も生々しい。新基地建設は、戦争や米施政下の記憶をよみがえらせ、古い傷口をうずかせる。反対運動に参加しているお年寄りは口癖のように「子や孫のために」と言う。なぜか。

    ■    ■

 その背景にあるのは歴史体験である。沖縄にとって辺野古の新基地建設問題は、保革を超えた人としての尊厳に関わる問題になりつつある。

 新基地が建設されれば、半永久的に使用されることになる。新基地とキャンプ・シュワブ、キャンプ・ハンセンが陸続きの基地となり、北部訓練場や伊江島補助飛行場との一体的な運用によって、利用価値は高まる。

 新基地建設とはつまるところ、住民よりも米軍の都合を優先した北部への基地の拠点集約化のことなのである。