中野フジコさん(82)

北米沖縄県人会で料理の手伝いをする中野フジコさん

 県人会組織は基本的に県出身者や県にルーツがある人、またはその配偶者や、勤務したり在住したりした縁ある人を入会対象としている。しかし、時には「その県人会の人々に引かれて」入会する、全く県とは縁のないメンバーもいる。

 5年ほど前から、カラオケ大会をはじめ琉球料理を出す北米沖縄県人会のイベントには欠かせない助っ人となっている中野フジコさん(82)もその一人。8月某日も、夕方6時から始まるカラオケイベントのために正午から県人会のキッチンに入り、料理の仕込みに励んでいた。数時間立ったままでの仕込みだが、スニーカー姿のフジコさんの身の動きは軽やかだ。

 趣味のボウリングを通じて、北米沖縄県人会理事の藤本節子さんと40年以上前に知り合った。「最初は一緒にボウリングを楽しむ仲だったが、そのうち誘われて、県人会の料理の準備をお手伝いするようになった」と振り返る。

 佐賀県の出身。1956年にアメリカ人との結婚を機に渡米。しかし、その5年後、夫は事故で亡くなってしまった。子どもを抱えたフジコさんは日本人と再婚した。仕事について聞くと、「人様に迷惑を掛けるわけにはいかない。だから静かに暮らしてきた」と答えた。

 しかし、長年主婦として培った腕が今、沖縄県人会で生かされている。フジコさんは「私が年だから『もう手伝わなくていいよ』と言う人もいる。でも私にとってはすでにここでの手伝いが生きがいになっている。だから『そんなこと言わないで』とお願いしながら粘っている」と謙遜しながら語る。

 沖縄県人会の良さはどこにあると思うか尋ねると、「やはり、人。悪いところは一つも思い浮かばない。温かく素晴らしい」と即答した。

 北米沖縄県人会は米国本土で突出した会員数を誇る。新世代の入会を途絶えさせない努力を続けるとともに、フジコさんのような「沖縄県系人の魅力」が理由で入会する人がいる限り、同会の存続は安泰だ。=連載・我ら“うちなーんちゅ”米ロス発<61>(ロサンゼルス通信員・福田恵子)