第3、第4遊撃隊の秘匿名。それぞれ第1護郷隊、第2護郷隊と称し、主にやんばる地域でのゲリラ戦を任務とした。隊長には特殊任務要員を養成した陸軍中野学校出身の将校が大本営から派遣された。

 名称には「故郷は自らの手で護(まも)る」という戦意高揚の意図が込められ、現地の在郷軍人を幹部にし、16~18歳の少年たちを集めて編成した。1944年10月下旬から45年3月にかけて約千人が召集され162人が犠牲になった。