敗戦後、旧ソ連に抑留され北朝鮮・興南地域で死亡した沖縄県出身の「長嶺安章(ナガミネ・ヤスアキ)」さんについて、厚生労働省は1日、沖縄タイムスの問い合わせに、恩納村が本籍地で妻の名が「カメ」さんと回答した。戦前に満州(現中国北東部)へ渡った恩納村開拓団の一員で、同村に住む底原きよさん(82)と弟の長嶺安宣(やすのり)さん(77)の父親である可能性が濃厚となった。きよさんらによると、名前の実際の読みは「あんしょう」で、厚労省が4月30日に公表した死亡者名簿の表記と異なるが、何らかの理由で音読みと訓読みを混同し記録され事例は珍しくないという。

 公表名簿では「長嶺安章」さんは1947年3月31日、北朝鮮の興南市で死亡した。さらに本紙が厚労省に詳細を聞くと、1910(明治43)年4月生まれで、元日本陸軍兵であることが確認された。こうした事実はほぼ、きよさんらが証言した父安章さんの情報と符合した。

 91年以降、ロシア政府などから日本へ提供された抑留死亡者名簿で個人が特定できたのはシベリア地域が3万7789人(うち県出身者101人)、興南地域が261人(同2人)。

 厚労省は個人が特定された場合、本籍地の都道府県を通じて遺族を捜し、希望する遺族には抑留者登録カードなど保管する全ての情報を提供している。