「古蔵っ子のよい子のみなさん、おはようございます」―。小学校がある日の午前7時半、那覇市古波蔵3丁目では、スピーカーから「朝はどこから」の音楽とともに安全な登校を呼び掛ける放送が流れる。3丁目に住む長嶺江美さん(76)が25年ほど続ける日課で、近隣住民は「聞くと安心する」「目覚まし代わりだ」と話し、地域に根付いた放送になっている。

放送用のマイクを持ち、「楽しいから続けられる」と話す長嶺江美さん=8月29日、那覇市古波蔵

 きっかけは長嶺さんが1989年に古蔵自治会の会長に就いた時。数年間、拡声器を片手に歩いて連絡事項を伝えていたが、広く呼び掛けるため、自宅にスピーカーを設置。朝の放送を始め、退任後も続ける。

 午前3時半ごろに起床し、着物に着替え、身支度をする。7時27分にセットしている目覚まし時計が鳴ると、朝食づくりを中断してマイクに向かう。内容はほぼアドリブで、新学期初日の8月28日には「夏休みも終わり、今日から2学期ですよ。運動会の練習もあります」と呼び掛けた。

 目覚ましのセットを忘れるなどで放送しなかった日には、近所の人から「大丈夫?」と不調を心配する声も届くという。

 放送は近隣の100世帯以上に届く。地域の人が亡くなった際は出棺の約30分前に「別れのワルツ」を流し、最後のお別れを呼び掛ける。以前に「俺が亡くなった時も放送お願い」と頼まれたこともある。

 近所に住む古蔵中3年の又吉玲加さんは「小さい頃から聞いている。目覚まし代わりで、もし放送がなくなったらさみしくなる」と話す。午前7時に開店する大城スーパーの大城美也子さん(60)は「放送のおかげで、5人の子どもたちに『遅刻するよ』と言わずに、安心して店番ができた」と感謝。訃報も「放送で知る時もある。つながりが薄くなってきている中で助かっている」と話した。

 長嶺さんは「『いつも聞いているよ』という声がうれしくて、楽しみながら続けている。できるだけ続けさせてもらいたい」と笑顔で話した。