【東京】「新基地はいらないと、沖縄が声を大にして訴えている」「本土との溝を共感で乗り越えたい」-。長年、沖縄に通い続ける東京在住の作家落合恵子さん(70)が、そんな思いを詩にした。戦後と同じ年月を生きてきた落合さんは、詩について「平和な日本を守るための自分との約束」と語り、「共に歩かせてください」と覚悟を込めた。(東京支社・宮城栄作)

沖縄への思いを詩にした作家の落合恵子さん。「基地をオーガニック野菜の菜園にできないかな」と笑顔で話した(自身が主宰する都内の「クレヨンハウスで)」

 名護市辺野古沿岸で進む新基地建設の作業。政治家が使う言葉「粛々と」が気になっていた。菅義偉官房長官が4月、翁長雄志知事と会って使った。沖縄の人の歴史文脈に置くと違った意味になるその言葉に落合さんはこだわった。「民意を無視して政治に何が可能なの。民意を聞こうよと語り、書き続けないといけない」

 大学生時代に初来県してから、毎年のように訪れている。悲惨な沖縄戦を経てなお過重な基地負担に苦しむ沖縄と向き合い、国のあり方、平和について考えを深めてきた。

 ただ、出会っても自分には帰れる場所が東京にあり、沖縄の人はそのまま暮らす。そこに自責の念がある。「沖縄を忘れてはならないと自分に確認し、約束するしかない」

 新基地建設反対の沖縄の民意は、本土では理解がなかなか広がらない。「傷め続けられてきた沖縄を防波堤にして、日本の安全や安定があるというのに」。多くの無関心がもどかしい。

 どうすれば突破できるか-。「だれしも屈辱を感じたり、弱い立場にいて足を踏まれた体験はある。それを掘り返すと、地下水脈でつながっていく」。人の想像力、共感力で、地理的距離を乗り越えられる、と望みをつなぐ。「当事者になれなくても、当事者性は得られる」とも。湧き出る思いをつづった詩は、4月10日付の毎日新聞夕刊に掲載された。読者から「共感することは大事」などの反響が寄せられたという。

 脱原発も訴え、福島にも通う。「沖縄や福島の問題は、私たちの民主主義の問題。未来の子どもたちの人生を考えてみて。人ごとではないでしょ」。一緒に考え、動くことの大事さを繰り返した。

◇沖縄の辞書

あなたよ

世界中でもっとも愛(いと)おしいひとを考えよう

それはわが子? いつの間にか老いた親? つれあい?

半年前からあなたの心に住みついたあのひと?

わたしよ

心の奥に降り積もった 憤り 屈辱 慟哭(どうこく)

過ぎた日々に受けた差別の記憶を掻かき集めよ

それらすべてが 沖縄のひとりびとりに

いまもなお 存在するのだ

彼女はあなたかもしれない 彼はわたしかもしれない

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2015年4月5日 ようやくやってきたひとが

何度も使った「粛々と」

沖縄の辞書に倣って 広辞苑も国語辞典も

その意味を書きかえなければならない

「民意を踏みにじって」、「痛みへの想像力を欠如させたまま」、「上から目線で」と

はじめて沖縄を訪れたのは ヒカンザクラが咲く季節

土産代わりに持ち帰ったのは

市場のおばあが教えてくれた あのことば

「なんくるないさー」

なんとかなるさーという意味だ と とびきりの笑顔

そのあと ぽつりとつぶやいた

そうとでも思わないと生きてこれなかった

何度目かの沖縄 きれいな貝がらと共に贈られたことば「ぬちどぅ たから」

官邸近くの抗議行動

名護から駆けつけた女たちは

福島への連帯を同じことばで表した

「ぬちどぅ たから、いのちこそ宝!」

「想像してごらん、ですよ」

まつげの長い 島の高校生は

レノンの歌のように静かに言った

「国土面積の0・6%しかない沖縄県に

在日米軍専用施設の74%があるんですよ

わが家が勝手に占領され 自分たちは使えないなんて

選挙の結果を踏みにじるのが 民主主義ですか?

本土にとって沖縄とは?

本土にとって わたしたちって何なんですか?」

真っ直すぐな瞳に 突然盛り上がった涙

息苦しくなって わたしは海に目を逃がす

しかし 心は逃げられない

2015年4月5日 知事は言った

「沖縄県が自ら基地を提供したことはない」

そこで 「どくん!」と本土のわたしがうめく

ひとつ屋根の下で暮らす家族のひとりに隠れて

他の家族みんなで うまいもんを食らう

その卑しさが その醜悪さが わたしをうちのめす

沖縄の辞書にはあって 

本土の辞書には載っていないことばが 他にはないか?

だからわたしは 自分と約束する

あの島の子どもたちに

若者にも おばあにもおじいにも

共に歩かせてください 祈りと抵抗の時を

平和にかかわるひとつひとつが

「粛々と」切り崩されていく現在(いま)

立ちはだかるのだ わたしよ

まっとうに抗(あらが)うことに ためらいはいらない