中城村北上原にある高地で、日本軍が陣地を構築した。名称は当時計測した標高に由来し、西海岸は読谷村まで一望できる。尾根の上に突き出す、とがった岩にちなみ、米軍はピナクル(尖峰(せんぽう))と呼んだ。

 日本軍は浦添市牧港から中城村和宇慶までの防衛線上に陣地を構築し、米軍の南進を防ごうとした。161・8高地はその東側の前方に位置する。

 独立歩兵第14大隊第1中隊が守備にあたり、1945年4月5日から米軍と戦闘を繰り広げたが、6日に攻略された。