1944年10月10日に沖縄や奄美などを襲った米軍の無差別爆撃。延べ1396機の艦載機から541トンもの爆弾を投下した。日本軍の軍事拠点の破壊と本土攻略に向けた沖縄の地形空撮などが目的。各地の飛行場や港が壊滅的被害を受け、旧防衛庁資料などによると死者668人を含む約1500人が死傷し、那覇は市域の約9割が焼失した。このほか久米島沖でも八重山からの徴用船が撃沈されて約600人が亡くなった。那覇港では県民の1カ月分の主食にあたる米などの食糧も灰と化し、日本軍に食糧供出を強要される原因にもなった。

10・10空襲で燃え上がる那覇港。辻原からの撮影

10・10空襲で燃え上がる那覇港。辻原からの撮影